研究者というパートナー

理化学研究所・神戸研究所・再生・発生科学総合研究センター

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研究者がパートナーであるという、家庭も職種も一緒という環境に対して、各個人の性格や世代の違いによって考え方の分かれることと思います。ここでは個人的な、ある年代とある家庭環境下において研究者がパートナーであることについて思うことをお話します。各パートナー間では異なった事情があるのでひとまとめにお話することはできませんが、一つの考えとしてお読みいただければ幸いです。

結婚相手が研究者であると言うことは、良くも悪くも家庭のみならず、研究に対しても互いが一番影響を与える人間になる可能性があることではないでしょうか。研究の面から見てパートナーが研究者であることは、互いの研究やマネージメント等がある程度理解できるために、研究の実質的な、また精神的なサポートが得られやすくなります。これは年齢を重ねるにしたがって大変ありがたく感じる長所で、研究を進めていく上で最も良い点かと思います。また研究分野が少々離れている場合でも一方の研究分野について知識も増えていき、時には研究分野が融合して研究の幅が広がることもあります。一方、一番の問題として挙げられるのが、互いに働いている場所を近くにすることが出来るか、または別居をするかの選択をせまられることです。もともとポジションが限られているため、同一家庭を営むことを選択した場合にはどちらかの研究分野や勤務形態に制限が入ることがあります。また同じ職場になった場合でも同室の場合は一つのグループにもう一つ別の結束を導入することになり、十分配慮するマネージメントが行われないと研究室の活性度にかかわる問題が発生します。

一方、家庭においてパートナーが研究者である場合は、もし同一家庭にいるのであれば研究者という職種に関係なく、共に定時に終われない勤務形態で働く場合と同じと思います。つまり研究・仕事vs育児と家事、次は介護かという、時間と精神力と体力と金銭のバランスの戦いに終始します。女性側からの視点から言えば、パートナーが研究者であることは家庭内における理解はもちろんのこと、相手が比較的時間に融通がきくために家事や子育て等の協力が得やすく、有り難いです。もちろん子育てが一段落するころでは仕事の内容がそれぞれの立場にあった内容に変化し、それにつれて家庭内も変化する感があります。

ただ研究者であるが故に家庭の問題が強く現れるかと思うのは、研究のスタイルと定職の有無に起因する問題です。基礎研究を続ける選択をした場合、研究が創造的な要素を持つことと、結果を出さないとお金がもらえないことによって研究上またマネージメント上で常に精神的な緊張にさらされます。増える研究上の雑事に加えて日々の家庭での雑事を行うことは、精神的にも時間的にも制約を受けやすくなり、気持ちも生活リズムも不安定になりがちです。さらに非常勤での雇用の場合、将来の研究継続の保証が無い上に将来設計が不透明であると言う問題が加わります。また女性の場合は周囲への気兼ね、常勤より劣る産休等の制度条件、次の職への不安のために子供を作るかどうか決めかねて時期を逃すこともあります。常勤、非常勤を問わず、このようにパートナーの片方または両方が精神的または金銭的な不安定さを持つ場合、自分の研究や仕事に気を配ることに加えて、どれくらい相手を支えることができるか、どのくらい家庭のことをあきらめるか、このことはかなり重い問題であると感じます。

日本の現状では、研究者がパートナーで一緒の家庭生活を送ることはまだまだ難しいことだと思います。これらの問題はおそらく昔から存在し、諸先輩方がみな苦労されてきたことと思います。昔に比べて現在は研究者の絶対数が増えているのに伴って研究者がパートナーである人数が増加していますが、制度がさほど変わっているわけではないために問題を抱える人数がさらに増えている感じがします。前より理解が進みつつあるようですが、できれば研究者側からの働きかけとして、少なくともパートナーが一緒に暮らせるような制度が確立できないかと考えます。

ある意味でパートナーが研究者ということは不器用な人生ではないかと思います。家庭も仕事も一緒で、そこまでして研究しますか、と聞かれるような気がします。しかし自分自身が生きていることを実感できる人生だと思うのであれば、それは人間として幸せなことかもしれません、多分。