ヒト培養細胞を用いた組換え蛋白質の発現-293系統細胞によるスタンダードプロトコール-

1九州大学医学研究院、2九州大学生体防御医学研究所
12112
  • 邦文引用橋口隆生ら, 蛋白質科学会アーカイブ, 1, e017 (2008)
  • キーワードヒト培養細胞、組換え蛋白質、293SGnTI(-)細胞、293T細胞、大量発現、X線結晶構造解析
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概要

大腸菌発現系は安価で簡便だが、適切な構造を保った状態での発現や封入体からのリフォールディングが困難な場合がある。そこで、本プロトコールでは大腸菌発現系では発現が困難な組換え蛋白質をヒト培養細胞株を用いることで大量発現させるための方法を述べる。本方法により得られた蛋白質は生化学的な機能解析のみならず、X線結晶構造解析にも適している。

装置、器具、試薬

  • クリーンベンチ 細胞培養用 (各社)
  • 細胞培養用CO2インキュベーター (各社)
  • CO2ボンベ (各社)
  • 15cm 細胞培養用ディッシュ(各社)
  • 細胞培養用ローラーボトル(各社)
  • ローラーボトル培養用インキュベーター (各社)
  • 恒温水槽 培地を37.0℃に温める際に使用 (各社) 
  • 滅菌フィルター (各社) 

  • 細胞:
    • 293T細胞または293細胞 主に機能解析用 (各社)
    • 293SGnTI(-)細胞 主にX線結晶構造解析用 (要問い合わせ)
  • DMEM培地 1.9L(ディッシュ)または7.5L(ローラーボトル)(各社)
  • 牛胎児血清(FCS) 120mLまたは425mL(各社)
  • L-グルタミン(200mM) 100Xで使用 (各社)
  • 非必須アミノ酸(10mM) 100Xで使用 (GIBCO、code :11140-050)
  • ポリエチレンイミン(P.E.I.) 1mg/mL水溶液で使用(Aldrich、code :408727)
  • セレノメチオニン誘導体蛋白質を発現させる場合:
  • L-メチオニン、L-システインの入っていないDMEM にL-セレノメチオニン(30mg/L) と L-システイン(63mg/L)を加える (各社)
  • 10xPBS(-): 1L分。これを10倍希釈して使用。
NaCl 80g
KCl 2g
KH2PO4 2g
Na2HPO4・7H2O 21.6g
  • トリプシン溶液 PBS(-)でトリプシンの最終濃度が0.1%になるように溶かす。さらに、最終濃度が0.02% になるようEDTAを加える。 

  • プラスミドベクター ヒト培養細胞で発現可能なもの (各社)(著者らはSV40 oriを持った蛋白質発現用プラスミドを使用し、同時にSV40 large T antigen発現プラスミドを1/10等量入れて目的蛋白質の収量を上げている)

実験手順

まずは10% FCS DMEMと293系統の細胞を9cm ディッシュ 1枚分、準備しておく。

-15cmディッシュを用いる場合(図1A)-
 最終的に15cmディッシュ33枚分まで増やす。

第1日目
 細胞の継代。(15cmディッシュ3枚へ)

第2-3日目
 細胞培養。

第4日目
 細胞の継代。(15cmディッシュ33枚へ)

第5日目
 細胞培養。

第6日目
 1. 0% FCS DMEMを準備。
 2. プラスミドのトランスフェクション。

第7-9日目
 細胞培養。(蛋白質発現)

第10日目
 1. 蛋白質の回収。
 2. ディッシュをオートクレーブ。

-ローラーボトルを用いる場合(図1B)-
 最終的にローラーボトル15本分まで増やす。

第1日目
 細胞の継代。(15cmディッシュ3枚へ)

第2-3日目
 細胞培養。

第4日目
 細胞の継代。(15cmディッシュ15枚へ)

第5日目
 細胞培養。

第6日目
 細胞の継代。(ローラーボトル15本へ)

第7-8日目
 細胞培養。

第9日目
 1. 0% FCS DMEMを準備。
 2. プラスミドのトランスフェクション。

第10-11日目
 細胞培養。(蛋白質発現)

第12日目
 1. 蛋白質の回収。
 2. ローラーボトルをオートクレーブ。

実験の詳細

ディッシュを用いる場合

第1日目

9cmディッシュにほぼコンフルエント(培養細胞が接着面いっぱいに広がっている状態)になった293SGnTI(-)細胞をPBS(-)4mLで洗い、取り除いた後、トリプシン溶液0.4mLを加え細胞を剥がす。この間に15cmディッシュ3枚へ10% FCS DMEMを22mLずつ分注いでおく。トリプシン処理をした細胞のディッシュに10% FCS DMEMを9mL注ぎ、ピペッティングで細胞をほぐす。この細胞懸濁液を15cmディッシュ1枚当たり3mLずつ注ぎ均一になるように混ぜる。最終的に3枚分になる。これを37.0℃、5% CO2の細胞培養用インキュベーター内で培養する。

第2-3日目

細胞培養。(ほぼコンフルエントになるまで)

第4日目

先ず、830mLの10% FCS DMEM を37.0℃に温める。15cmディッシュ3枚のほぼコンフルエントになった細胞を1枚当たりPBS(-)4mLで洗い、取り除いた後、各ディッシュ当たりトリプシン溶液0.8mLを加え細胞を剥がす。トリプシン処理をした細胞の各ディッシュに10% FCS DMEMを9mL注ぎ、ピペッティングで細胞をほぐす。この細胞懸濁液を37.0℃に温めた830mLの10% FCS DMEMに懸濁させる。新しい15cmディッシュに1枚当たり25mLずつ、33枚注ぐ。これを37.0℃、5% CO2の細胞培養用インキュベーター内で培養する。

第5日目

細胞培養。

第6日目

細胞が80-90%コンフルエントになっているので、トランスフェクションを行う。

  1. 0%FCS DMEM 75mLにプラスミド 1800μgを混ぜたもの
  2. 0%FCS DMEM 75mLにP.E.I. 2.7mL (1mg/mL)を混ぜたもの

を用意し、2を1に混ぜ、20分待つ。

 20分後、FCSの最終濃度が2%になるように調整したDMEM 900mL に加え  る (トランスフェクション溶液:合計 1.05L)。次に、細胞が育っているディッシュから培地を全て抜く。その各ディッシュにトランスフェクション溶液を31mLずつ注ぐ。これを37.0℃、5% CO2の細胞培養用インキュベーター内で培養する。 (セレノメチオニン誘導体蛋白質を発現させる場合は、この段階でL-メチオニン、L-システインの入っていないDMEM にL-セレノメチオニン(30mg/L) と L-システイン(63mg/L)を加えた培地を使う。その他の作業は同様である。)

第7-9日目

細胞培養。(蛋白質発現)

第10日目

分泌蛋白質として発現させた場合は上清を回収。我々は基本的に可溶型にして発現させているので上清から目的蛋白質を回収するが、細胞内蛋白質の場合、培地を除き、PBS(-)で洗った後、セルスクレイパーで細胞を剥がす。それをPBS(-)に懸濁させて遠心(4℃、200xg、5min)して集め、上清を取り除いた後に細胞溶解バッファーで溶かす(細胞内蛋白質の場合、ダメージが大きいので蛋白発現の際の培養期間を2日程度にした方が良い)。その後、精製へ。細胞培養に使ったディッシュはオートクレーブにより滅菌処理を行い、捨てる。

ローラーボトルを用いる場合(表面積850cm2

第1日目

9cmディッシュに90%コンフルエントになった293SGnTI(-)細胞をPBS(-)4mLで洗い、取り除いた後トリプシン溶液0.4mLを加え細胞を剥がす。この間に15cmディッシュ3枚へ10% FCS DMEMを22mLずつ分注しておく。トリプシン処理をした細胞のディッシュに10% FCS DMEMを9mL注ぎ、ピペッティングで細胞をほぐす。この細胞懸濁液を15cmディッシュ1枚当たり3mLずつ注ぎ均一になるように混ぜる。最終的に3枚分になる。これを37.0℃、5% CO2の細胞培養用インキュベーター内で培養する。

第2-3日目

細胞培養。

第4日目

先ず、380mLの10% FCS DMEM を37.0℃に温める。15cmディッシュ3枚の90%コンフルエントになった細胞を1枚当たりPBS(-)4mLで洗い、取り除いた後、各ディッシュ当たりトリプシン溶液0.8mLを加え細胞を剥がす。トリプシン処理をした細胞の各ディッシュに10% FCS DMEMを9mL注ぎ、ピペッティングで細胞をほぐす。この細胞懸濁液を37.0℃に温めた380mLの10% FCS DMEMに懸濁させる。各ディッシュ当たり25mLずつ、15枚注ぐ。これを37.0℃、5% CO2の細胞培養用インキュベーター内で培養する。

第5日目

細胞培養。

第6日目

先ず、3Lの10% FCS DMEM を37.0℃に温める。15cmディッシュ15枚の細胞がほぼコンフルエントになっているので、ローラーボトル(850cm2)へ細胞を継代する。(15 cmディッシュ1枚をローラーボトル1本へ継代することになる。)1枚当たりPBS(-)4mLで洗い、取り除いた後、各ディッシュ当たりトリプシン溶液0.8mLを加え細胞を剥がす。トリプシン処理をした細胞の各ディッシュに10% FCS DMEMを9mL注ぎ、ピペッティングで細胞をほぐす。この細胞懸濁液を37.0℃に温めた3Lの10% FCS DMEMに懸濁させる。(我々は1LのIWAKIのガラスのボトル3本を用意して、1Lの培地に15cm ディッシュ 5枚分の細胞懸濁液を混ぜて継代している。)各ローラーボトル当たり200mLずつ、15本注ぐ。そこへ0.22μmフィルターを通したCO2をパスツールで直接5秒ほど送り込み、フタをして密閉する(図2)。これを37.0℃のローラーボトル用培養機内で培養する。ローラーボトルに細胞懸濁液を注いだ後は、速やかに培養機へと移す。 (CO2の充填は培地のpH変化を小さくするための措置で、ローラーボトル培養装置内にCO2が充填できる場合は、ローラーボトル内に直接CO2を充填する必要は無い)

第7-8日目

細胞培養。

第9日目

細胞が70-80%コンフルエントになっているので、トランスフェクションの準備をする。(細胞の育ち具合は目視で。職人的な感が頼り。70-90%コンフルエント。ローラーボトルを間に挟めるタイプの顕微鏡があればより正確に確認できる。) 時間がかかるので、7.5本分ずつ用意してトランスフェクションする。

  1. 0% FCS DMEM 100mLにプラスミド 1.8mgを混ぜたもの(240μg/ローラーボトル1本)
  2. 0% FCS DMEM 100mLにP.E.I. 2.7mL (1mg/mL)を混ぜたもの(360μg/ローラーボトル1本)

を用意し、2を1に混ぜ、20分待つ。

20分後、FCSの最終濃度が2%になるように調整したDMEM 1700mL に加える (トランスフェクション溶液:合計 1.9L)。次に、細胞が育っているローラーボトルから培地を全て抜く。その各ローラーボトルにトランスフェクション溶液を250mLずつ注ぐ。そこへ0.22μmフィルターを通したCO2をパスツールで直接5秒ほど送り込み、フタをして密閉する。これを37.0℃のローラーボトル用培養機内で培養する。これを2セット繰り返して、計15本のローラーボトルにトランスフェクションを行う。ローラーボトルにトランスフェクション溶液を注いだ後は速やかに培養機(37.0℃、0.5rpm)へと移す。 (セレノメチオニン誘導体蛋白質を発現させる場合は、この段階でL-メチオニン、L-システインの入っていないDMEM にL-セレノメチオニン(30mg/L) と L-システイン(63mg/L)を加えた培地を使う。その他の作業は同様である。)

第10-11日目

細胞培養。(蛋白質発現)

第12日目

分泌蛋白質として発現させた場合は上清を回収。我々は基本的に可溶型にして発現させているので上清から目的蛋白質を回収するが、細胞内蛋白質の場合、培地を除き、PBS(-)で洗った後、0.02% EDTA入りのPBS(-)を入れたボトルを軽くふって細胞を剥がす。その細胞懸濁液を遠心(4℃、200xg、5min)して集め、上清を取り除いた後に細胞溶解バッファーで溶かす(細胞内蛋白質の場合、ローラーボトルの培養だと細胞のダメージが大きいのでディッシュを用いた方法をお勧めする)。その後、精製へ。細胞培養に使ったローラーボトルはオートクレーブにより滅菌処理を行い捨てる。

工夫とコツ

ディッシュを用いた蛋白質の大量発現

現在は多くの研究室に細胞培養のための設備が整っているので、ディッシュを使えば新たな設備投資は必要ないのですぐに本方法を導入できる。ディッシュはNUNCの15cm ディッシュ (商品code :168381)を使っている。

ローラーボトルによる蛋白質の大量発現

新たな設備投資が必要になってくるが、発現系を大きくしたいときはローラーボトルを用いることで限られたスペースで細胞培養面積を拡大することが出来る。ローラーボトルはCORNINGの内容量2L表面積850cm2のものを使用している。(商品code :430849)

細胞培養用培地

著者は細胞培養に使うDMEMを10Lの粉末タイプとしてMP Biosciencesから購入している。水に溶かして0.22μmフィルターに通す(滅菌処理)必要があるが、より安価である。また、トランスフェクション前に細胞を元気な状態に保ちたいことや蛋白質発現時に血清を2%に抑えるのでL-グルタミンや非必須アミノ酸やHEPESを添加している。

DMEM 500mLに対して、
    7.5% NaHCO3水溶液10mL
    100X L-グルタミン水溶液 5mL
    100X 非必須アミノ酸 (10mM) 5mL (GIBCO、code :11140-050)
    1M HEPES 1.5mL
    FCS 各濃度(10%や2%)

ポリエチレンイミン(Polyethlenimine, P.E.I.)

一般にヒト細胞へのプラスミドのトランスフェクションには非常に高価なトランスフェクション試薬が使われているが、そのような試薬を使うと莫大なコストがかかるので、本実験系では極めて安価なポリエチレンイミンという試薬を使っている。これを使うことで安価に、そして、容易にヒト培養細胞での蛋白質の大量発現を行うことが出来るようになった。著者らはAldrich(code :408727)を使っている。約1000倍に水で希釈して使うので一度購入すると一生かかっても使いきれないほどの量がある。

ヒト培養細胞

ヒト細胞を使うメリットは得られる蛋白質の大部分が適切な構造を保っている点である。我々は大腸菌発現系では封入体を形成させた後に可溶化し、それをリフォールディングするという方法をとっているが、ヒト細胞の場合そうしたリフォールディングの条件検討や時間を省くことが出来る。ただし、大腸菌に比べ作業工程に日数を要する、収量が低く、コストが非常にかかるというデメリットもある。また、糖タンパク質の場合、しばしば糖鎖が結晶化の阻害要因になる。しかし、293SGnTI(-)細胞(N-acetylglucosaminyltransferase I活性を欠損させたHEK293S細胞。文献1-5参照)を用いれば、均一なハイマンノース型(Man5GlcNAc2)の糖蛋白質を得ることが出来、さらにEndoH処理により糖鎖を除去することも出来る。

謝辞

本発現系の導入においては英国 Oxford Univ. の Jones, E. Y.、Davis, S. J.、Aricescu, A. R.、各氏にお世話になりました。

文献

  1. Hashiguchi T. et. al., Proc Natl Acad Sci U S A., 104, 19535-40 (2007)
  2. Hashiguchi T. et. al., J Virol Methods., 149, 171-4 (2008)
  3. Aricescu A. R. et.al., Acta Crystallogr D Biol Crystallogr., 62, 1114-24 (2006)
  4. Chang V.T. et.al., Structure., 15, 267-73 (2007)
  5. Reeves P.J. et.al., Proc Natl Acad Sci U S A., 99, 13419-24 (2002)
  • 図1
  • 図2