概要
凍結した溶液から昇華により水分を除く凍結乾燥は、溶液状態で物理・化学的に不安定なタンパク質の保存や濃縮に古くから用いられてきた。凍結乾燥は加熱乾燥に比べ穏和な条件で進むものの、各段階のストレスによるタンパク質の失活や凝集を防ぐとともに保存安定性を確保するには、適切な溶液条件の選択や操作が求められる*1, 2。本プロトコールでは一般的な研究用の小型機と、乾燥棚の温度制御機能を持つ中型機を用いたタンパク質凍結乾燥の例について操作法や留意点を紹介する。
装置・器具
凍結乾燥機(各社 東京理化器械 FDU-1000 型[2022年2月現在: 発売中止 FDL-1000 型が同等品]、ラブコンコ社 FZ-6 型等)*3、真空ポンプ(機種により内蔵)、予備凍結装置
標準的な凍結乾燥
溶液準備
目的とするタンパク質(5 mg/ml)を含むクエン酸ナトリウム緩衝液(20 mM,pH 6.0)*4, 5に、必要に応じてショ糖またはトレハロース(100 mg/ml)を添加する*6。
1. 小型機を用いた少量試料の予備凍結と凍結乾燥(東京理化器械 FDU-1000 型)
- 水蒸気トラップや排水ホース中に水が残っていないことを確認し、排水口のバルブを閉じる。必要に応じて多岐管の接合部やシーリング部分を清掃し、真空グリースを塗布する。
- タンパク質溶液をマイクロチューブに分注(各100 – 400 μl)する*7。マイクロチューブの開口部をパラフィルム等でしっかりと閉じて10カ所程度針穴を開けた後、超低温フリーザーに入れて予備凍結する*8。
- 水蒸気トラップ冷却用の冷凍機を稼働させ、約30分保持する。
- 多岐管の真空コックを閉じ(VENT 表示を上)、真空ポンプをスタートさせる。真空度が既定値(20 Pa 程度)に達するのを待つ。
- 予備凍結したマイクロチューブを、凍結乾燥瓶に入れたマイクロチューブホルダーにセットする。凍結乾燥機の多岐管に乾燥瓶を接続した後、真空コックのノブを回転させて減圧乾燥を開始する*9, 10。
- 一晩乾燥する。または氷晶が外観上消失した後、さらに減圧乾燥を2 – 4時間程度継続する。急激な空気流入による試料の飛散に注意しながら真空コックのノブを回転させて減圧を解除し、試料容器を常圧に戻す。凍結乾燥瓶を慎重に取り外し、マイクロチューブの栓をする*11, 12。
- 真空ポンプと冷凍機を停止する。
- デフロスト運転によりトラップに付着した氷を融解させ、ドレインから除去する。
2. 中型機を用いた溶液の庫内凍結と乾燥(ラブコンコ社 FZ-6 型)
- 試料の特性と機器の説明書を参考に棚温度と真空度制御のプログラムを設定する*2。
- 水蒸気トラップや排水ホース中に水が残っていないことを確認し、排水口や真空コックのノブを閉じる。必要に応じて多岐管の接合部やシーリング部分を清掃し、真空グリースを塗布する。
- 試料溶液を凍結乾燥用ガラスバイアル(容量 10 ml)に分注(各 2 ml)し、専用のゴム栓を開口部を開けてセットする。
- 制御装置と水蒸気トラップの冷凍機を起動させる。
- 試料バイアルを乾燥チャンバーの棚に並べて扉を閉じる。棚冷却用の冷凍機を稼働させ、棚温度制御(冷却)プログラムをスタートする。
- 棚温度が規定値まで低下して一定時間経過(凍結)後、真空ポンプが自動で起動され、減圧が開始される。規定値まで減圧が進むことを確認する。
- 規定の一次乾燥時間が終了後、棚温度を徐々に上げて二次乾燥を進める。
- 二次乾燥時間終了後、減圧下で棚を上昇させてゴム栓をバイアルに押し込み、密封する*11。
- 真空解除バルブを開いて乾燥チャンバーを常圧に戻した後、制御装置、真空ポンプ、水蒸気トラップを停止させる。
- トラップに付着した氷を融解させ、ドレインから除去する。
凍結乾燥装置の構造や制御機構は機種やアダプター等により異なるため、操作にあたっては説明書を確認されたい。
工夫とコツ
凍結乾燥装置について
凍結乾燥装置の構造と選択 (*3)
凍結乾燥機は試料保持部、水蒸気トラップ、トラップ冷却装置、真空ポンプの各ユニットで構成される。簡易型の機器では外付けの真空ポンプを用いる場合も多い。上位機種では大容量の水蒸気トラップとともに、棚の冷却(−40~−50℃程度)と加熱による試料凍結と温度制御機能、および各種センサーによるモニタリング機能が付加され、プロセスの高率と確度向上が可能となっている。水蒸気を氷として凝縮させるトラップは一般に−50℃付近までの冷却が可能であり、臨界温度が低い凍結溶液および水以外の揮発性溶媒や添加剤を含む試料の乾燥には、より低温(−80℃等)のトラップを装備した機器が用いられる。また装置と試料容器に合わせた各種の保持アダプターが、オプションとして販売されている。
凍結乾燥の過程と操作
凍結乾燥の過程と棚温度の制御 (*2)
凍結乾燥は水溶液の凍結と一次乾燥、二次乾燥の3段階で進む。バイアルに分注したタンパク質溶液を凍結乾燥機内の棚上で凍結後に乾燥する場合の、棚温度設定(実線)と試料温度(点線)の例をモデル図として図1に示す。
水溶液の凍結によりタンパク質は他の溶質とともに氷晶周囲に高度に濃縮され、結晶または高粘度の液体(非晶質)となる。氷を昇華させる一次乾燥には長時間を要し、その間の試料温度は昇華により奪われる熱と、外部から伝導と輻射により供給される熱のバランスにより決まる。昇華は高温ほど速くなるが、濃縮相の粘度低下による乾燥界面からの発泡や収縮など構造崩壊を避けるため、各凍結溶液の臨界温度以下で一次乾燥を進めることが求められる。凍結溶液中で結晶化する溶質では共晶融解温度(\(\mathrm{T_{eu}}\))が、非晶質状態を保持する溶質では最大濃縮相ガラス転移温度(\(\mathrm{T_{g}}'\))が臨界温度となり、高温側での構造変化はそれぞれコラプスとメルトバックと呼ばれる。上位機種ではあらかじめ熱測定や凍結乾燥顕微鏡を用いて臨界温度を把握し、容器形状や溶液量に応じて熱の流入が最適となる様に棚温度を設定して乾燥を進める。
昇華が終了すると試料温度は棚と同程度まで上昇する。この後、徐々に棚温度を上げて30 – 40℃で数時間保持して固体部からの水分子蒸発(二次乾燥)を進めると、氷晶の跡が孔として残るスポンジ状の乾燥固体が得られる。二次乾燥過程の水分を含む非晶質固体がそのガラス転移温度(\(\mathrm{T_{g}}\))を超える場合にも、同様にコラプスと呼ばれる収縮が起こり乾燥を遅延させ、乾燥後の吸湿とともに保存安定性を低下させる原因となる(図2)。
コラプスとメルトバック現象の抑制 (*9)
タンパク質の使用目的によって乾燥過程で起こるコラプスやメルトバック現象の許容度は異なる。機能解析や多くのバイアル間で均一性を重視する場合には、上記の品温制御による構造崩壊の抑制が求められるのに対し、化学解析向けの試料作成での必要性は限られる。固体構造崩壊現象とそれに伴うタンパク質の安定性低下を乾燥中の試料温度制御なしに防ぐには、脱塩や添加剤の選択により臨界温度を上げることや、凍結溶液の表面積および水蒸気流路の確保による昇華促進、予備凍結からの速やかな乾燥開始などが有効な手段となる。
予備凍結 (*8)
多岐管にフラスコや凍結乾燥瓶を接続して乾燥する場合や、試料冷却機能を持たない凍結乾燥機を用いる場合には、予備凍結装置や超低温フリーザーまたは液体窒素を用いて溶液を予備凍結する。乾燥にナス型フラスコ等を用いる場合には、予備凍結装置のメタノール水溶液などを満たした冷却水槽中で回転させながら壁面に薄い氷層を作る「シェル凍結」が、凍結時の破損を防ぐとともに乾燥時間の短縮につながる。小容量の容器ではフリーザーによる予備凍結が可能である。水溶液の凍結によるタンパク質の活性低下や、乾燥開始までの温度上昇による融解を避けるため、−40℃以下の超低温フリーザーを用いた凍結が望ましい。氷晶の形状は凍結によって異なり、緩速凍結で形成する大きな氷晶は一次乾燥時間の短縮に有効とされる。
多岐管と真空コックの扱い (*10)
真空コックの形状は各社で異なることから使用前に確認する。複数の凍結乾燥瓶やフラスコを多岐管に接続する場合には、一本毎に減圧が進むまで間隔を空けることにより凍結溶液の温度上昇を避ける。減圧解除に窒素ガスを用いると吸湿や保存中の酸化を抑制でき、また多岐管から乾燥瓶を外した後に減圧を維持しつつ他の試料を取り付けることにより連続運転が可能となる。
簡易型機種の棚を用いた乾燥 (*11)
冷却機能を持たない乾燥棚を用いる場合には、予備凍結した試料を水蒸気トラップ冷却後に棚へ移して扉を閉じ、乾燥ポンプを起動する。
乾燥固体の保存について (*12)
水の除去によりタンパク質の経時的な物理・化学変化は大幅に抑制されるため、特殊な試料を除いて冷蔵保存で安定性は確保される。
凍結乾燥によるタンパク質の変化と安定化
凍結乾燥によるタンパク質の失活 (*1)
タンパク質溶液の凍結による氷晶表面との接触や共存物質の濃縮、および乾燥による周辺の水分子の離脱は、多くのタンパク質で高次構造の変化を引き起こす。乾燥による高次構造変化は基本的に可逆であるものの、複雑な構造や広い疎水部を持つタンパク質では、再溶解液でのミスフォールディングによる失活や露出した疎水部間の結合による凝集が起こりやすい。
タンパク質濃度 (*4)
タンパク質の高次構造を保持しつつ効率的な乾燥を進めるため、高濃度溶液が望ましい。タンパク質のみを含む凍結溶液の \(\mathrm{T_{g}}'\) は−10℃付近とされ、高濃度のタンパク質は pH 変化や氷晶との接触による高次構造変化を抑制するとともに、凍結溶液の臨界温度(\(\mathrm{T_{g}}'\))を上昇させる。
緩衝液とpHの選択 (*5)
溶液の pH と緩衝液成分は乾燥対象となるタンパク質の特性と使用目的を考慮して、残基の化学安定性に優れる弱酸性から中性域を中心に選択する。精製に用いた緩衝液をそのまま用いる場合も多い。凍結溶液中で成分の一方が結晶化または揮発する緩衝液は、pH 変動によりタンパク質を不安定化させるため避ける。凍結濃縮によるタンパク質の高次構造変化や凍結溶液の臨界温度低下を避けるため、その他の緩衝液成分や NaCl など無機塩の多くについても低濃度に抑える。塩の比率が高い試料では、あらかじめ脱塩やタンパク質濃縮操作を行なう。塩を含まない乾燥固体を得る目的で揮発性緩衝液を用いる場合には、排気の安全性確保や機器の劣化防止に注意する。アジ化ナトリウム(防腐剤)と金属部品との反応により形成するアジ化物は爆発性を持つため、添加を避けることが望ましいとされる。
タンパク質保護剤 (*6)
凍結乾燥によるタンパク質の高次構造変化を水分子の代替や希釈作用により抑制するとともに、ガラス化により保存安定性を向上させる目的で、トレハロース、ショ糖など非還元性二糖類やアミノ酸類が用いられる(表1)。二糖類は広範なタンパク質の安定化に有効とされ、通常の凍結乾燥により活性が大幅に低下するタンパク質では、100 mg/ml 程度のトレハロースまたはショ糖添加による保護作用が期待される。二糖類によるガラス固体の形成は前過程由来の共存物質による糊化など物性への影響を防ぐ作用も持つ。溶液の凍結保存で安定化作用が知られる添加剤のうち、凍結溶液の臨界温度が低く室温でガラス状の固体とならないグリセロールやグルコースは凍結乾燥に適さない。一部のタンパク質では、低濃度の非イオン性界面活性剤や水溶性高分子も安定化作用を示す。アルブミンなど不活性なタンパク質は、上記した高濃度タンパク質溶液と同様な機構により凍結乾燥時の安定化作用を示すことから、乾燥品の使用目的に応じて添加される。
凍結乾燥容器 (*7)
凍結時の低温や溶液膨張と減圧による破損を避けるため、厚手のガラスやポリプロピレン製など充分な強度を持つ容器を選択し、溶液量は容量の1/3以下とする。溶液は浅く(できれば深さ 1 cm 以下)して、既乾燥層が水蒸気透過の障害となることによる乾燥の遅延とコラプスを回避する。簡易型の機器を用いる場合は、氷晶の減少が外部から観察できる容器が望ましい。乾燥開始直後に底面で起こる突沸や減圧解除時の急激な空気流入による固体飛散を防ぐためのカバーには、ナイロン網や粗い不織布、針穴を空けたフィルムなど繊維混入の原因とならない素材を用い、充分な水蒸気流路を確保する。
タンパク質の凍結乾燥に関する文献として1 – 4をお勧めする。機器メーカーのホームページにも有用な情報が多く掲載されている。
文献
- 西村 善文, 大野 茂男編, タンパク質実験プロトコール2 構造解析編, 64–65 (1997)
- Matejtschuk, P., Methods Mol. Biol., 368, 59–72 (2007)
- Nail, S. L., et al., Pharm. Biotechnol., 14, 281–360 (2002)
- 伊豆津 健一, 冷凍, 79, 49–52 (2004)
改訂履歴
2022年2月9日 改訂
- 「装置・器具」を改訂
凍結乾燥機 東京理化器械 FDU-1000 型について、アーカイブ委員により、次の注意書きを書き加えた
[2022年2月現在: 発売中止 FDL-1000 型が同等品]