メチオニン要求大腸菌株を用いたセレノメチオニン標識蛋白質の産生

早稲田大学 先端科学・健康医療融合研究機構

  • 邦文引用坂根勲, 蛋白質科学会アーカイブ, 1, e004 (2008)
  • キーワード大腸菌、組換え蛋白質、セレノメチオニン標識、X線結晶構造解析
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概要

X 線結晶構造解析において、結晶化とともに困難な課題であった位相問題は、多波長異常分散(MAD)法の開発と高輝度放射光施設の活用によって、比較的容易に解決できるようになった。本プロトコルでは、MAD 法で一般的に用いられているセレノメチオニン(SeMet)標識蛋白質を、組換え体蛋白質として大腸菌を用いて産生させる方法を紹介する。よく知られている LeMaster 培地ではなく、SeMet をふくむ最少培地での培養について紹介する。

SeMet 標識蛋白質を大腸菌内で発現させる方法としては、LeMaster 培地(1)を用いるか、最少培地に各種アミノ酸と SeMet を混合した制限培地を用いることが一般的である。しかし、それほど頻繁に SeMet 標識蛋白質を精製することの無い研究室にとって、これらの培地に必要な試薬をそろえるのは負担である。また、これらの試薬があらかじめ混合されたキットも存在するが、発現誘導の方法が限定される場合もあり、個別の用途に最適とは限らない。

本プロトコルでは、Guerreroら(2) による単純な組成の最少培地を用いた培養方法を紹介する。筆者らは、この培地とメチオニン要求大腸菌株 B834(DE3) を用いて SeMet 標識蛋白質の発現・精製を行い、構造解析に成功している。メチオニン要求大腸菌株としては、B 株由来の B834 の他に、K12 株由来の DL41 が良く知られている。SeMet 標識蛋白質の産生には、これらを用いて培養を行うのが一般的である。

しかし、読者の用いている発現系で特殊な大腸菌株を使用している場合は、そのメチオニン要求型の株を入手したり作製したりするのは困難である。文献(2,3)では、メチオニン非要求株を用いても、SeMet 標識された蛋白質を発現させることができることが示されているので、読者の発現系でメチオニン要求大腸菌株に換えることが困難な場合は、現在用いている発現系で試してみるのも良いだろう。

装置・器具・試薬

  • 安全キャビネット(各社)。室外排気が望ましい。
  • 培養スケールに応じた振とう培養器(各社)。
  • 前培養・本培養用の培養スケールに応じた培養フラスコ(各社)。
  • 遠心機(各社)。
  • 集菌用の遠心管(各社)。
  • 滅菌済みディスポーザブル15 mL遠心管10本(各社)。
  • ディスポーザブル10 mLピペット(各社)。
  • 各容量のピペッターとチップ(各社)。
  • 1 L広口プラスチック瓶(各社)。
  • 100 mLビーカー(各社)。
  • マグネチックスターラーとスターラーバー(各社)。
  • 使い捨てゴム製手袋(各社)。
  • ろ過滅菌フィルタユニット(各社)。
  • 濁度計(各社)。吸光光度計とディスポーザブルセルを用いても良い。
  • メチオニン要求大腸菌株のコンピテントセル(Novagen社 B834(DE3)など)。
  • 発現プラスミド(Novagen社pET系、など)。
  • 大腸菌株・発現プラスミドに応じた抗生物質。アンピシリンナトリウム(各社)など。
  • 発現誘導に必要な試薬。イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(各社)など。
  • 必要な抗生物質の入ったLB寒天培地。
  • 塩化アンモニウム(各社)。
  • 硫酸マグネシウム(各社)。
  • リン酸二水素カリウム(各社)。
  • 硫酸鉄(III) (各社)。
  • リン酸水素二ナトリウム(各社)。
  • チアミン(各社)。
  • D-(+)-グルコース(各社)。
  • L-メチオニン(各社)。
  • セレノ-L-メチオニン(ナカライテスク, 02286-75など)。

実験手順

第1日
1) SeMet溶液・Met溶液の準備
2) SeMet最少培地の準備
3) 大腸菌株の形質転換
第2日
4) 前培養
第3日
5) 本培養
6) 集菌

実験の詳細

第1日

1) SeMet溶液・Met溶液の準備

SeMetは毒物に指定されており、廃液についても水質汚濁防止法等の規制を受ける物質である。法令を遵守し、実験者の健康・環境に配慮した取り扱いが必要である。毒物の購入と、廃液処理方法については、読者の所属機関に事前に相談しておくこと。

SeMetは、溶解度がメチオニンに比べて小さい(L-メチオニン, 25 mg/mL H2O; セレノ-L-メチオニン, 10 mg/mL HCl水溶液)ため、ストック溶液を作るときには注意が必要である。筆者らは、メチオニン、SeMetともに5 mg/mLの0.1 M HCl溶液として調製している。強い酸性溶液であるためフィルタ滅菌などの滅菌操作は行っていないが、特に問題は発生していない。

SeMetは、L体とDL体が市販されている。DL体ではL体に比べて培地に二倍量入れなくてはならないことを考えれば、価格差を考えてもL体を購入したほうが良いだろう。培地1 Lあたり50 mg使用するので、はじめは500 mg程度を購入し、使用量が把握できてから大容量の試薬を購入するほうが良いだろう。今回は、500 mgの試薬を購入した場合の例を紹介する。今回紹介するプロトコルでは、購入したセレノ-L-メチオニンをすべてストック溶液にする方法を紹介するが、所属機関等の指導に従い、適切な方法を選択してほしい。

安全キャビネット内に、購入した試薬(500 mg)の瓶と100 mLの0.1 M HCl、100 mLビーカーを用意する。ビーカーはスターラーバーを入れておき、口にアルミホイルを被せて、オートクレーブもしくは乾熱滅菌しておく。オートクレーブした場合は、アルミホイルを被せたまま乾燥機の中に入れて中の水滴を乾燥させておく。この他に、SeMetに触れたものを入れておく底の浅い容器があると安心して作業ができる。また、近くにSeMet廃液を入れる容器を用意しておくこと。実験者は、使い捨てのゴム手袋を使用すること。

安全キャビネット内で、試薬瓶の中のSeMet粉末全量をビーカーの中に静かに空ける。このとき、ビーカーの口よりも低いところで操作して、試薬の飛散を避けること。その後、1 mL程度のHCl溶液をピペッターで試薬瓶に移し、ピペッティングで残ったSeMet粉末を溶かしこみ、先ほどのビーカーに移す。残りのHCl溶液を静かにビーカーに移し、スターラーで攪拌してSeMetを溶解させる。SeMet溶液を、ディスポーザブル10 mLピペットを用いて、滅菌済みプラスチック15 mL遠心管に10 mLずつ等分する。各遠心管には、あらかじめ試薬名と濃度(5mg/mL)を記入しておく。遠心管のふたをしっかりと締め、漏出と分散を防ぐために、口の広い1 L程度のプラスチック瓶にSeMet溶液の入った10本の遠心管を入れる。プラスチック瓶のラベルにも試薬名と濃度および医薬用外毒物と記入しておく。SeMet溶液はプラスチック瓶ごと冷凍保存しておく。所属機関に毒物の試薬使用済みの報告をするときに、空の試薬瓶が必要となる場合は、先ほどのプラスチック瓶に一緒に入れておけば紛失しないので良いだろう。

使用したビーカーは少量の水で洗い、その洗浄水を廃液入れに入れる。使用したプラスチック器具は、実験用プラスチックごみなどとして、所属機関の区分に従って廃棄する。不燃物として処理している場合は、水で付着した試薬を洗い、洗浄水を廃液入れに入れる。

メチオニンについても、同様に同じ濃度の溶液を作製しておく(Met溶液)。その場合は、当然、上記のような毒物に対する取り扱いは必要無いので、一般的な水溶液を作る手順で良い。

2) SeMet最少培地の準備

SeMet最少培地は、(1)滅菌したバッファ溶液、(2)グルコース溶液、(3)硫酸鉄溶液、(4)SeMet溶液を使用前に混合して作製する。使用する大腸菌株によっては、アミノ酸等の栄養素を要求する場合もある。その場合は、それらの栄養素溶液を別にろ過滅菌しておき、最後に混合すれば良い。

SeMet最少培地溶液(1) バッファ溶液 900 mL (培地1 L用)

NH4Cl 1 g
KH2PO4 3 g
Na2HPO4 3.18 g (無水物換算)

蒸留水で全量900 mLとする。 培養に使うフラスコに入れてオートクレーブ(121℃、20分)。

SeMet最少培地溶液(2) グルコース溶液 100 mL (培地1 L用)

MgSO4 0.3 g
D-(+)-グルコース 20 g
チアミン 10 mg

蒸留水で全量100 mLとし、フィルタ滅菌する。

SeMet最少培地溶液(3) 硫酸鉄溶液 10 mL (培地1 L用)

Fe2(SO4)3 10 mg

蒸留水で全量10 mLとし、フィルタ滅菌する。

SeMet最少培地 (1 Lあたり)

溶液(1) 900 mL
溶液(2) 100 mL
溶液(3) 10 mL
SeMet溶液(5 mg/mL) 10 mL
抗生物質 アンピシリンナトリウム 50 mg/Lなど

前培養でSeMetを用いて培養すると、大腸菌はほとんど増加しない。そのため、SeMetの代わりにメチオニンの入ったMet最少培地を使用する。

Met最少培地 (1 Lあたり)

溶液(1) 900 mL
溶液(2) 100 mL
溶液(3) 10 mL
Met溶液(5 mg/mL) 10 mL
抗生物質 アンピシリンナトリウム 50 mg/Lなど

3) 大腸菌株の形質転換

各自の発現系に用いる大腸菌株を、発現プラスミドで形質転換する。必要な抗生物質の入ったプレートに植菌し、オーバーナイトで静置培養する。

大腸菌株としては、メチオニン要求株を用いることが一般的であるが、発現系に特殊な大腸菌株を使用している場合は、そのメチオニン要求型の株を手に入れるのが困難である。先に述べたように、培地中に唯一のメチオニン源としてSeMetがある場合、大腸菌はそれを優先して取り込むという報告があり(2,3)、原理的にはどの大腸菌株を使用してもSeMet標識蛋白質を産生できるはずである。

とはいえ、精製-結晶化-構造解析の手間を考えると、この段階で標識化に失敗している可能性は排除しておきたいので、可能ならばメチオニン要求株を使用するのが良いと筆者は考えている。メチオニン要求株では発現しないか、きわめて発現量が少ない場合は、通常の大腸菌株で発現・精製を行い、質量分析などでSeMetの取り込みを確認すると良いだろう。

第2日

4) 前培養

前培養用のMet最少培地を作製する。必要な抗生物質も加えておく。前培養のスケールは、最初は本培養の1/10から1/20ぐらいで試してみるのが良いだろう。

前日に植菌したプレートからシングルコロニーを拾い出し、前培養培地に植菌して培養する。培養条件は、発現系によって異なるが、通常は37℃、100~200 rpmで振とう培養すれば良いだろう。培養時間も、発現系によって調整が必要だが、我々は夕方ごろに植菌してオーバーナイトで培養を行っている。

第3日

5) 本培養

本培養用のSeMet最少培地を作製する。必要な抗生物質も加えておく。菌体の懸濁作業などで汚染が広がるのを避けるため、SeMet溶液はこの段階では加えずに植菌が終わってから最後に加えた方が良い。

前培養した培養液から集菌する。遠心管は、あらかじめ滅菌しておくか滅菌済みのディスポーザブル遠心管を用いる。4℃、8,000 rpm、5分の遠心を行い、デカンテーションで上清を取り除く。

本培養に、前培養の培地を持ち込みたくないので、ピペッターを用いるなどして培地を完全に取り除く。参考のために、上清を取り除いた後の遠心管の重量を測定して菌体の湿重量を求めておく(空の遠心管の重量をあらかじめ測定しておく)。また、前培養中に目的蛋白質が漏出していないかを確認するため、前培養液を100 μL程度サンプリングして、菌体を冷凍保存しておく。

集菌した菌体を、SeMet溶液のまだ入っていない本培養培地で懸濁する。50 mLの遠心管の場合、20 mL程度の培地で懸濁すれば良いだろう。懸濁した菌体を、本培養用の培地に等量ずつ植菌する。最後に、培養液にSeMet溶液を加えて、培養を開始する。

培養を始めてから、1時間程度の間隔で培養液をサンプリングし、培養液の濁度を測定する。手にSeMetが着かないように、手袋をして作業すること。濁度が上がってきたらサンプリングの間隔を縮めて濁度を測定し、それぞれの発現系に応じた濁度に達したら発現を誘導する。発現誘導までの培養時間は、前培養のスケールとSeMet最少培地での大腸菌の増殖速度に大きく依存する。我々の例では、朝に本培養を開始して昼過ぎに発現誘導を行うことが出来た。発現誘導の効果を確認するため、発現誘導前の培養液を100 μL程度サンプリングし、菌体を冷凍保存しておく。

6) 集菌

発現誘導後、4時間~オーバーナイトの培養後に、通常の培地での培養と同様に集菌を行う。集菌作業中に手にSeMetが着かないように、手袋をして作業すること。発現誘導を確認するために、集菌前の培養液を100 μL程度サンプリングし、菌体を冷凍保存しておく。培養液はSeMetを含むので、所属機関の指示に従って廃棄すること。

集菌した菌体は、そのまま精製作業に用いるか、冷凍保存しておく。目的蛋白質が発現誘導後に発現していることを確認するために、サンプリングしておいた菌体を使って、SDS-PAGEによって蛋白質の分析をしておく。

工夫とコツ

SeMet標識蛋白質を作製したいと思ったときに、いきなり上記のSeMet最少培地での培養を始めるのではなく、以下のような段階的な確認手順を踏んでから行う方が、結果的には時間の短縮にもなり、毒物を含む廃液の量を減らすことが出来るのでお勧めする。

最初は(小スケール-通常の発現系-Met最少培地)での培養からはじめ、次いで(小スケール-メチオニン要求株発現系-Met最少培地)、(小スケール-メチオニン要求株発現系-SeMet最少培地)の順番でテストを行う。各段階で目的蛋白質が発現することを確認し、前培養のスケールや発現誘導から集菌までの時間などの培養条件を検討する。最後に本番の(大スケール-メチオニン要求株発現系-SeMet最少培地)での培養を行う。スケールが変わると、増殖の早さや発現量が大きく変わることも良くあるので、大スケールの培養も何回かテストする必要があるかもしれない。

前培養でLB培地を用いた場合、筆者らの発現系(lacオペレーター制御下のT7 RNAポリメーラーゼの系)では長時間の培養による目的蛋白質の漏出が見られた。前培養でSeMet標識されていない蛋白質が蓄積することや、前培養培地からの栄養素の持ち込みを避けるため、我々は前培養でもMet最少培地を用いた。

読者の用いる発現系で誘導前の漏出がほとんど無い場合は、前培養でLB培地などを用いても良いだろう。その場合、前培養から本培養に移るときに、最少培地で懸濁したあと、もう一度遠心して上清を取り除き再度懸濁するという洗菌操作を加えることで、前培養の培地の持ち込みを減らすことが出来る。

本培養の植菌に用いる、菌体を含めた前培養培地は、少量(< 1 %)であれば結晶構造解析に支障を生じることは無いだろう。読者の系でSeMet最少培地での大腸菌の増殖が極端に遅い場合は、前培養のスケールを上げることによって改善する場合がある。その場合は、洗菌操作を加えることで、SeMet標識率の低下を抑えることが出来る。

文献

  1. LeMaster, D. M. & Richards, F. M., Biochemistry, 24, 7263-8 (1985).
  2. Guerrero, S. A., et al., Appl. Microbiol. Biotechnol., 56, 718-23 (2001).
  3. Liu, L. F., et al., Anal. Biochem., 307, 173-6 (2002).