メタノール資化酵母Pichia pastorisを用いた組換え蛋白質の発現―発現系の特徴と手順

大阪大学・蛋白質研究所

  • 邦文引用櫻井一正, 蛋白質科学会アーカイブ, 1, e018 (2008)
  • キーワード組換え蛋白質、大量発現、ジャーファーメンター、溶存酸素電極
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##概要

メタノール資化酵母 Pichia pastoris(以下ピキア)を用いた組み換え蛋白質発現の特徴と手順について述べる。おおざっぱに言うとピキアを用いた発現系は大腸菌のそれと、昆虫細胞や動物細胞のそれの間に位置するものである。つまり、発現系構築の手間や培養時間は動物細胞ほどではないが大腸菌よりはかかる。一方、蛋白質の翻訳後修飾は動物細胞ようにはされないが、大腸菌のように翻訳されっぱなしではなくちゃんと折り畳んだ状態で発現する、という感じである。こういった特徴は、ピキアは単細胞生物ではあるが真核生物である、というところから来る。もし大腸菌の発現系で目的の蛋白質がちゃんと折り畳んだ状態で発現しなかった場合、ピキア発現系を試してみるのも一案だと思う。まず簡単にピキア発現系の利点、欠点を列挙してみる。

利点

☆発現蛋白質のN末端側にαファクターという酵母特有のシグナル配列を導入することで、発現蛋白質を細胞外の培地中に分泌させることができる。このことにより、細胞破砕等する必要がなく、精製が比較的楽になる。

☆細胞外に分泌される過程で様々なシャペロン蛋白質の影響を受けて、ちゃんと折り畳まった状態で目的の蛋白質が分泌される。そのため、発現後のリフォールディング操作をする必要が少ない。特にジスルフィド結合を複数持った蛋白質の場合、その効果は絶大である。

☆目的蛋白質よっては発現量が非常に高くなる。(筆者の最高記録はあるβラクトグロブリン変異体で1 g/L培地、平均で約100 mg/L)

☆NMR測定サンプル用の同位体ラベルをする系が確立している。

欠点

★目的蛋白質のN末端に余分なアミノ酸が付加してしまう場合がある。しかも場合によってはその残りの配列が不均一になる。シグナル配列全部が完全に取り除かれないからである。

★高等生物のような翻訳後修飾(リン酸化など)はされない。糖鎖付加はされるが他の生物とは異なった糖鎖が付加されてしまう。

★ジャーファーメンターがある方が良い。

筆者の研究室ではウシβラクトグロブリン(1)やヒトβ2ミクログロブリン(2)といった蛋白質を発現してきた。本稿ではそれらの蛋白質の発現を行った時の手順を紹介する。 なお、ピキア株を販売しているのは実質Invitrogen社のみである。それから、ピキアによる発現の手引きは成書がある(3)ほか、Invtrogen社のHPからマニュアルpdfがダウンロードできる(4)のでそちらを参考にされたい。

以下、ジャーファーメンターを使用する場合の操作法について述べる。

装置・器具・試薬

  • ジャーファーメンター(各社):ただし、pH電極、溶存酸素(DO)電極を備えたもの (図1)(DO電極:培地中の溶存酸素量をモニターするための電極)
  • Pichia pastoris GS115株
  • pPIC9プラスミド。あらかじめ目的蛋白質のcDNAを組み換えたものを作製しておく。

(上の2つはInvitrogen社の「オリジナル Pichia 発現システム(カタログ番号 1710-01)」に含まれる)

  • 一般的な培養装置類 (各社)
    • オートクレーヴ
    • 30℃恒温槽(エアインキュベーター)
    • 試験管用の恒温振盪培養器
    • バッフルフラスコ、500 mL1個
    • 500 mLバッフルフラスコ用の恒温振盪培養器
    • エレクトロポレーション用装置
    • 遠心機

実験スケジュール概要

大腸菌では培養の都度、コンピテントセルの形質転換を行うが、ピキアの場合一度形質転換すれば、その株を保存することができるので、培養の都度形質転換を行う必要がない。そこで、ピキアの形質転換部分と本培養の部分の手順を分けて述べる。

○形質転換と発現チェック (スキーム1)
第1日  : ピキア株をグリセロールストックからYPDプレートにストリークし30℃でインキュベート。コロニーが現れるまで2~3日かかる。
第3日  : コロニーを液体YPD培地に植菌し、試験管で振盪培養する。2日間。
第5日  : 滅菌水やソルビトール溶液を用いてコンピテントセル液を調製する。そのコンピテントセル液にプラスミドを混合し、エレクトロポレーションで形質転換する。
エレクトロポレーション後、菌体をセレクション用のプレートにスプレッドし、30℃でインキュベートする。2日間。
第7日  : コロニーが出てきたらそれぞれのコロニーを試験管に分注した液体培地(BMGY)に植菌する。30℃で2日間インキュベート。
第9日  : 菌体が増えたら培養液を遠心し上清を捨てる。その後、発現誘導用の培地(BMMY)で再懸濁し、再び振盪培養する。
第10日 : 培養液を遠心し、上清をSDS-PAGEなどにかけ、蛋白質が発現しているかどうかチェックする。

○本培養 (スキーム2)
第1日   : 発現株のコロニーをBMGY培地に植菌し、試験管で30℃で振盪培養する。2日間。
第3日   : 試験管の培養液をバッフルフラスコに植え継ぎ、引き続き振盪培養する。ファーメンターのセットアップを行う。
第4日   : 培養液をバッフルフラスコからファーメンターに植え継ぎ、ファーメンター培養開始。
第5日   : 菌体が一定量に増えたらメタノールを添加し、発現誘導する。
第6~8日 : 蛋白質の発現状況をモニターし、発現が最大になった時点を見計らってファーメンターを止める。培養液を遠心し、上清から蛋白質の精製を開始する。

実験の詳細 形質転換と発現チェック

第1日

ピキアGS115株をグリセロールストックやスラントからYPDプレートにストリークし30℃でインキュベート。2~3日経つとコロニーが現れ1 mm弱の大きさに育つ。

なお、このコロニーの生えたYPDプレートは2ヶ月くらいは冷蔵保存できるので、その間はストリークから行う必要はない。

第3日

コロニーを24mLの液体YPD培地(含20 μg/mlクロラムフェニコール)に植菌し、試験管6本に分注し振盪培養する。2日間経つと菌体が十分に増える。 この振盪培養期間中に以下の準備をしておく。

  • 1Mソルビトール溶液を100 mL調製しオートクレーヴ滅菌した後、冷蔵庫で冷やしておく。
  • 同様にイオン交換水を100 mLオートクレーヴ滅菌した後、冷蔵庫で冷やしておく。
  • 目的の蛋白質のcDNAを組み込んだプラスミドpPIC9を適当な制限酵素(StuIやBglIIなど。どの酵素を用いるかは工夫とコツ『今回説明したピキア株-プラスミド系について』参照)でリニアにし、フェノクロ、エタ沈で精製、乾燥した後、滅菌水で溶解し、0.3~1.2 μg/μL(結構濃いめ、ミニプレップ後の5~10倍程度)にしておく。

第5日

以下の手順に従って、菌体から培養液の培地を取り除き、コンピテントセル懸濁液を調製する。

なお、温度が上昇すると形質転換効率が落ちるため、エレクトロポレーションまでの操作は氷上で行う。

振盪培養してあった培養液を15 mLのコーニング管に移し、4500 g*、3分で遠心する。遠心後培地上清は捨てる。
(*筆者の研究室の遠心機、日立CF 15R、ロータT11A31(回転半径8.8 cm)の場合だと7000 rpmとなる。)
 ↓
集められた菌体に10 mLの冷滅菌水を加え注意深く菌体を再懸濁し遠心、上清を捨てる。これを3回繰り返す。
 ↓
集められた菌体に10 mLの冷1 Mソルビトールを加え注意深く菌体を再懸濁し遠心、上清を捨てる。これを2回繰り返す。
 ↓
集められた菌体に適当量の冷滅菌水を加え、菌体懸濁液を適当な濃度にする。適当な濃度とは、できるだけ濃くはあるが、菌体の塊はなくピペットマンで引っかからずにゆっくり吸い上げられるくらいを目安とする。

その後、プラスミドを混合しエレクトロポレーションで形質転換。

コンピテントセル懸濁液40 μL+リニアDNA水溶液1~3 μL混ぜる
 ↓
エレクトロポレーション用のキュベットに入れ、1.7 kVで一回パルスを印加する。
(エレクトロポレーションの条件は使用する機器と電極間距離によって異なる。上記の1.7 kV、パルス一回という条件は、BIO-RAD社製のE.coli pulserという装置と0.2 cmエレクトロポレーションキュベットを用いた場合の例である。)
 ↓
1 Mソルビトール溶液で菌体を回収し、菌体をHis無しのプレート(RDB培地)にスプレッドする。30℃で2日間インキュベートする。

インキュベートの結果得られたコロニーは形質転換がうまくいった株である。しかし株によって発現量が異なるため、続く第7日目以降はスモールスケールで発現チェックを行う。

第7日

出てきたコロニー(図2A)から10個ほど選び、試験管に2 mLずつ分注したBMGY培地に植菌する。同時に同じコロニーを番号が書かかれたRDBプレート(図2B)に植える。それぞれ30℃で2日間インキュベート。

第9日

菌体が増えたら試験管内の培養液を2 mLのエッペンドルフチューブに移し、遠心して上清を捨てる。その後BMMY培地500 μLで再懸濁し、元の試験管に戻した後、振盪培養再開。

第10日

再びエッペンチューブに培養液を移して遠心し、上清を分取する。上清中の発現蛋白質の量をSDS-PAGEやブロッティングなどで調べ、どの株がより多くの蛋白質を発現するかチェックする。

ここで発現量の最大だった株を、以降の本培養で用いる。プレート上のピキアは2か月程度であれば、冷蔵保存可能で、その間は本培養に用いることができる。しかし、長期の保存用として、形質転換株をグリセロールストックにして-80℃で保存しておくのがよい。(グリセロールストックの作製法は工夫とコツ『グリセロールストック作製法』参照。)

実験の詳細 本培養

第1日

発現チェックで選択した株のコロニーを10 mLのBMGY培地に植菌する。その後5本の試験管に分注し、30℃で振盪培養。2日間。

第3日

試験管の培養液を100 mLの培地(BMGY or BSM)が入ったバッフルフラスコに植え継ぎ、引き続き振盪培養。

加えて、ファーメンターのセットアップを行う。

ファーメンターのセットアップ
○pH電極の較正:通常のpH電極と同様、pH標準液を用いて2点較正する。
○DO電極の較正:酸素濃度0点と飽和点の2点で較正する。各点の溶液は以下のようにして調製する。
  0点:四ホウ酸ナトリウム(25 g/L)と亜硫酸ナトリウム(100 g/L)の混合水溶液
  飽和点:ファーメンタに脱イオン水を入れ、本培養時と同じ温度、攪拌速度、送気量にしてしばらく置いたもの。
○培地1 Lの調製(BMGY or BSM)
○ファーメンターのオートクレーヴ滅菌

第4日(グロース期)

培養液をバッフルフラスコからファーメンターに植え継ぎ、ファーメンター培養開始。はじめは菌体量が低いのでDO値は高い値を示すが、菌体量の増加に伴いDO値は減少する。

培養を続けているとDO値が上昇する。その時にはグリセリンを補給する。

第5日(発現誘導期)

菌体が湿重量で150 g/L以上に増えたらメタノールを添加し、発現誘導する。(この菌体量は最低値であり、もっと菌体量を増やしてから発現誘導をかけた方が発現量が増える場合もある。)

グロース期と同様、DO値が上昇したらメタノールを補給する。 (もしくは後述のように、ポンプを使って一定速度でメタノールを添加し続ける方法でもよい。)

第6~8日

蛋白質の発現状況を電気泳動やHPLCでモニターし、蛋白質の発現が最大になった時点を見計らってファーメンターを止める。

(事前に発現量の時間変化を調べておき、そのタイミングに合わせてファーメンター培養を終了するのもアリ。)

培養液を遠心し、上清から蛋白質の精製を開始する。

工夫とコツ

DO電極使用の目的は?

DO電極は培養液中の溶存酸素量を計測しているものである。培養液中の溶存酸素量は培養液中に存在する炭素源の量と関係がある。つまり、炭素源が充分量あるとピキアの好気呼吸のため培養液中の酸素が消費され、溶存酸素量は減る。しかし、炭素源が枯渇すると酸素が消費されなくなるので、培養液中の酸素濃度が上昇する。つまり、DO値から培養液中の炭素源が枯渇していないかどうかが分かるのである。

今回説明したピキア株-プラスミド系について

そもそもピキアにプラスミドが取り込まれるとそのプラスミドはピキアのゲノムDNAに組み込まれる。(そのため、プラスミドをリニアにしておく必要がある。)GS115株はヒスチジン合成酵素の遺伝子に変異が入っているため(his4)ヒスチジン要求性であるが、pPIC9が持つ正しい合成酵素の遺伝子(HIS4)が組み込まれることによって、ヒスチジン要求性がなくなり、これでセレクションがかけられる。

なお、ひとつのピキアに複数のプラスミドが組み込まれる場合がある。これをマルチコピーというが、そのような株の方が発現量が高くなる。マルチコピー株を選択できるようにpPIC9KやpPICZαといったプラスミドもデザインされている。これらのプラスミドには抗生物質耐性遺伝子が含まれており、培地中の抗生物質濃度を変化させることでより多くのコピー数の株をセレクションできる。

筆者はpPIC9しか使用経験がないが、現在Invtrogen社はこのpPIC9KやpPICZαを用いた発現系を推奨しているようだ。(それぞれ商品名は「マルチコピー Pichia 発現キット(K1750-01)」(5)、「イージーセレクト Pichia 発現キット(K1740-01)」(6)である。)これらふたつのプラスミドのうち、pPIC9KはpPIC9とほぼ同じ構成であるため、本プロトコルのpPIC9の部分をpPIC9Kと読み替えてもほとんど問題ない。一方、pPICZαの系は形質転換株のセレクションをヒスチジン要求性ではなく、Zeocinという抗生物質耐性で行うところが異なってくる。

今回紹介したGS115-pPIC9の系で触れておかなければならない点がもう一つある。それは、宿主-ベクターの組み合わせが同じでも、プラスミドをリニアにする時に用いる制限酵素によって、形質転換株の表現型がMut+になったりMutSになったりするということである。Mutとは「Methanol Utility」、つまりメタノール資化性のことであり、Mut+はメタノール資化性の表現型、MutSはメタノール資化性はあるものの代謝速度が遅いという表現型を示す。(MutSのSはSlowのSである。)使う制限酵素と得られる表現型は以下のように対応している。

用いる制限酵素 得られる表現型
StuI(AatI), SalI Mut+
BglII MutS

表現型が異なる理由は、用いる制限酵素によってプラスミドが組み込まれるゲノム上の位置が異なり、その中でBglIIを用いたプラスミドが組み込まれる時のみ、AOX1という遺伝子欠損が起こるからである。AOX1とはアルコールオキシダーゼをコードする遺伝子であり、この欠損によりメタノール代謝速度が遅くなる。だからMutS株の場合、誘導期の期間をMut+よりも長くとる必要がある。(この辺の詳しい機構についてはオンラインpdfマニュアル等参照(4)。

しかしながら、目的蛋白質によってはMut+よりMutSの方が発現量が多くなるので、発現チェックはMut+、MutS両方を試すことが推奨されている。その点で断わっておくと、本稿ではMut+株の場合を想定して培養時間等を述べている。

さらに付け加えると、pPIC9とpPIC9Kの構成はほぼ同じと述べたが、Mut+が得られる制限酵素が異なるのでその点も留意されたい(5)。

各培地の説明

一連の手順に様々な培地が登場したが、それぞれがどのような目的で用いられているか説明する。

  • YPD(液体、プレート): イーストエキストラクト(Y)、ペプトン(P)、グルコース(D)からなる培地。単純にピキアの菌体量を増やしたい時に用いる。
  • RDB(プレート): ヒスチジンを含まない培地。形質転換した株のみ増えるので、セレクション用として用いる。
  • BMGY(液体): 発現が目的の培養に用いる。炭素源としてグリセリンを含んでおり、グロース期に用いる。
  • BMMY(液体): 発現が目的の培養に用いる。炭素源としてメタノールを含んでおり、発現誘導期に用いる。組成は炭素源以外BMGYと同じ。
  • BSM(液体): 様々な無機塩類と、唯一の炭素源としてグリセリン、唯一の窒素源としてアンモニア水を含む合成培地。NMR測定試料蛋白質を発現するときにはこの培地を使用する。大腸菌のM9培地のようなもの。

ちなみに、筆者には合成培地にしたからといって発現量が落ちた経験はなく、むしろ不純物が少ないので後の精製が楽だという印象がある。しかも天然培地に比べ、ファーメンター培養時の匂いが少ないので、筆者は大量培養のときにはいつもBSMを用いている。

これらの培地のレシピは上述のInvitrogenのマニュアルpdfで見られるほか、筆者が研究室内向けに作成したpdfにもあるので、いずれかを参照されたい。

グリセロールストック作製法

形質転換後のピキア株は、試験管培養で菌体量を十分に増やした後、最終濃度15%のグリセロールを加えることで、冷凍保存しておくことができる。簡単に作製手順を述べる。

発現チェックで選択した株のコロニーを2 mLのBMGY培地もしくはYPD培地に植菌する。30℃で試験管振盪培養を2日間行う。
 ↓
菌体が十分に増えた後、滅菌済みの70%グリセリンを 550 μL加えて混合し、複数のエッペンドルフチューブに200~500 μLずつ分注する。その後、液体窒素ですばやく凍結し、-80℃で冷凍保存する。

培地中に加えるメタノール量を多くし過ぎない

ピキアの発現系では培養液にメタノールを加えることで発現を誘導するわけだが、これは決してピキアがメタノールに対して耐性があるというわけではない。ピキアにとってもメタノールはやはり毒である。だから培養液中のメタノールはあまり上げない方がよい。そして、培地中のメタノール濃度が一定に保たれている方が発現量が上がる(4)。メタノールセンサーを用いて最適なメタノール濃度を保つという研究もあるが、簡便にはポンプなどで少しずつメタノールを添加し、培地中のメタノール濃度を0.5%程度に保つとよい。

電極の扱い

ピキアのファーメンター培養では専用の電極でpHとDOをモニターする必要がある。これらの電極は基本的にオートクレーブ可能である。しかし、電極の横に空いている穴をビニールテープなどで塞いだままオートクレーブしてしまうと電極内部が陰圧になってしまい、正しい値を示さなくなる。しかも、特にpH電極ではその陰圧のせいで中のガラスが割れてしまい故障につながる。電極内に培地が入ることをおそれず穴を開放したままオートクレーブするべきである。

またDO電極の表示値が不安定になる原因として以下のような場合がある。それは、DO電極のカバーの先の方はねじ止めするような構造になっているが、ここに培地や菌体のかすがたまっている時である。この部分は液絡といい、電極の中と外を水分をとおして導通させる役割がある。そのため液絡が汚れていると導通が悪くなり、表示値が不安定になりやすい。

ピキアが凝集するのだが!?

いつもは培養液で菌体が均一に分散しているのに時々菌体が凝集しているのを見かける。しかし、結論から言うと蛋白さえ発現しているのなら何の問題もない。この凝集はpHが3.5付近になると起こるもののようである。培養中の培養液はピキアの代謝物のせいでどんどん酸性になっていく。そのため、このような凝集が起きてしまうものと考えられる。pHを戻せば再び均質な培養液に戻ると考えられる。

なお、ピキアはpH 3~7くらいまでは普通に生育し蛋白質を発現するので、発現量UPのための条件検討として様々なpHを試すことが挙げられる。つまり、発現蛋白質の最も安定なpHで培養、発現を行うのである。しかし、ピキアは酸性では安定だが、pH 8以上になるとすぐ死んでしまうので、あまりアルカリ側の条件にはできない。

NMR用同位体ラベルをするときの注意点

ピキアの培養では合成培地(BSM)を使った条件も確立されている。BSMには、窒素源としてアンモニア水のみを、炭素源としてグロース期はグリセリン、誘導期はメタノールのみを用いているので、これらを15Nや13Cリッチな試薬で置き換えれば発現する蛋白質は異核共鳴実験に使えるものになる(7)。

ピキアに詳しい方は、発現する蛋白質の炭素はグリセリン由来ではなくメタノール由来であるということをご存知なので、メタノールだけ13Cリッチなものを用い、グリセリンは通常のものを用いればよいのではないかとよく指摘される。しかし、誘導時に細胞の内部にある代謝産物も発現蛋白質に用いられるようで、ラベルされていない蛋白質がはじめのうちは発現してしまう。そのため、グロース期から13Cリッチな試薬を用いる必要がある(8)。

さらに言うと、グロース期の炭素源はグリセリンではなくグルコースでも大丈夫である。一般的にグルコースを用いるとはメタノールによる発現誘導が阻害されると言われている。しかし、グロース中のグルコースが代謝により完全に枯渇してから30分~1時間おいてからメタノールを加えれば、グリセリンの時と同様蛋白質は発現する。(この理由は、グルコースによって発現した転写因子阻害蛋白質が、グルコースの枯渇の後次第に減少していくからである。)一般的に13Cグリセリンよりも13Cグルコースの方が安いので、こちらの方がコストをだいぶ削減できる。実際筆者も13Cグルコースを用いた発現を行い、13C,15Nラベル蛋白質を得ることができた。

N末端の配列の違いが蛋白質の性質を変えてしまう場合がある。

上で述べたとおり、発現蛋白質のN末端に余分なアミノ酸が付加してしまう場合がある。しかも発現する蛋白質によっては、分子ごとに加水分解位置が異なって発現する場合もある。これが発現蛋白質の性質に影響を与えるかどうかだが、もしN末端がふらふらしていて特定の構造をとっていないのであれば問題ないと考えられる。一方、N末端の残基までしっかりと構造をとっているような蛋白質の場合、安定性が大きく変化したという報告がある(9)。このようにN末端の配列が気になる場合は、特定の加水分解配列を導入し、発現後酵素で分解するなどする必要がある。また、プライマーのデザイン、天然培地から合成培地への変更、培養温度、培養中のpH等を変えることによりN末端への余分なアミノ酸付加を抑えられる場合もある。

精製は、できることならCM-Sepharoseがよい。

培養液上清から発現蛋白質を精製するとき、もし可能であるならCM-Sepharose(GEヘルスケア)の使用をお勧めする。というのも、ピキア培養液の上清に含まれる不要な蛋白質や核酸成分はCM-Sepharoseには結合しないからである。筆者には、ウシβラクトグロブリン(等電点は4.6)を発現したときに、上清からCM-Sepharoseワンステップの精製だけで十分な純度を得た経験がある(1)。ただし、CM-Sepharoseは陽イオン交換カラムであるのである程度pHを下げる必要があるが、低いpHで不安定な蛋白質の場合、培養液上清に含まれる酸性プロテアーゼが働いてせっかくの発現蛋白質を分解してしまうので注意がいる。

文献

  1. Sakurai, K. & Goto, Y., J. Biol. Chem. 277, 25735-25740 (2002)
  2. Kozhukh, G.V. et al. J. Biol. Chem. 277, 1310-1315 (2002)
  3. Pichia Protocols: Methods in Molecular Biology, 2nd edition (ed. Cregg, J. M.), Humana Press, NJ (2007)
  4. http://www.invitrogen.co.jp/catalogue/invitrogen/K1710-01_001.shtml
  5. http://www.invitrogen.co.jp/catalogue/invitrogen/K1750-01_001.shtml
  6. http://www.invitrogen.co.jp/catalogue/invitrogen/K1740-01_001.shtml
  7. Wood, M. J. & Komives, E. A. J. Biomol. NMR 13, 149-159 (1999)
  8. Rodriguez, E. & Krishna, N. R. J. Biochem. 130, 19-22 (2001)
  9. Goda, S. et al. Protein Eng. 13, 299-307 (2000)

2009/5/26 著者により培地レシピを修正

修正前の培地レシピ

  • 図1
  • 図2