概要
大腸菌を用いた組換蛋白質の大量調製システムは簡便かつ安価であるので研究だけでなく工業的にも広く用いられている。しかし、このような生細胞発現システムにおいて、目的蛋白質が大量に発現し過ぎて、菌体内で非天然型の不活性な不溶性顆粒の形成が起こり、可溶性画分として得られない例が多くある。この不溶性顆粒は比較的簡単に分離精製ができ、収量が高いだけでなくプロテアーゼによる分解も受けていないことが多い。そのため、不溶性顆粒から天然立体構造と活性を回復させる手法は、生細胞発現システムによる組み換え蛋白質調製の汎用性拡大と大量生産にとって重要な単位操作である。不溶性顆粒からの蛋白質再活性には、大きく分けて希釈法と透析法があるが、本プロトコールでは、段階的透析プロセスを用いた系 (1–4) での蛋白質の効率的再生方法を述べる。
装置・器具・試薬
- トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris, 各社)
- 塩化ナトリウム(NaCl, 各社)
- ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Tween-20, 各社)
- グアニジン塩酸塩(各社)
- アルギニン塩酸塩(各社)
- β-メルカプトエタノール(各社)
- 酸化型グルタチオン(GSSG, 各社)
- 還元型グルタチオン(GSH, 各社)
- 遠心器(各社)
- 分光光度計(各社)
- 透析膜(各社)
- 金属アフィニティークロマトグラフィー(各社)
実験手順
- 第1日
- 1)不溶性顆粒の調製
- 2)蛋白質の可溶化
- 第2日
- 3)変性状態での蛋白質精製
- 4)蛋白質の還元処理
- 第3日–5日
- 5)段階透析
実験の詳細
第1日
(1) 不溶性顆粒の調製
600 ml の培養液で増殖した大腸菌を遠心器によって集菌した後、50 ml の50 mM トリス緩衝水溶液(pH8.0, 200 mM NaCl)で懸濁し、超音波破砕する。次に、懸濁液を遠心管へ移し遠心(5,800g, 30分)後、上清水溶液を取り除き、50 ml の 0.1–0.4% Tween20 水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, pH8.0)を加える。そして、再懸濁・遠心分離(5,800g, 30分)する操作を2–4回繰り返すことによって、沈殿画分に含まれている膜蛋白質・脂質・核酸等を洗浄除去する。最後に、Tween20 が含まれていないトリス緩衝水溶液で再懸濁・遠心分離(5,800g, 30分)し、界面活性剤である Tween20 を完全に取り除く。
(2) 蛋白質の可溶化
(1) によって調製した不溶性顆粒に 10 ml の 6 M 塩酸グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, pH8.0)を加え、一昼夜静置して目的蛋白質を可溶化する。
第2日
(3) 変性状態での蛋白質精製
不溶性顆粒に加えたグアニジン水溶液を遠心管へ回収し遠心(5,800g, 30分)後、上清を回収する。そして、発現蛋白質にポリヒスチジン配列が融合されている場合、6 M グアニジン塩酸塩を含む水溶液を用いて、金属アフィニティークロマトグラフィー(例えば、Merck 社の・His・Bind システムを使用)で精製する。精製後は、巻き戻しの開始水溶液である、6 M グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, pH8.0)を外液として透析を行う。
(4) 蛋白質の還元処理 *ジスルフィド結合を有する蛋白質の場合には、この処理を行う。
6 M グアニジン水溶液への透析後内液を回収し、蛋白質濃度を分光光度計によって定量する。そして、蛋白質濃度を 5~20 μM へ調整し、さらに50倍量のβ-メルカプトエタノールを添加し、室温暗所に4時間以上静置する。
第3日–5日
(5) 段階透析
以下の操作は、すべて4℃で行う。還元処理した可溶化蛋白質水溶液 10 ml を、500ml 6 M グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA, pH8.0)へ透析を行い、6時間後、500 ml 3 M グアニジン水溶液、500 ml 2 M グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA, pH8.0)を外液として6時間透析する。2 M グアニジン水溶液への透析後は、蛋白質の凝集抑制効果を持つアルギニン塩酸塩を 0.4 M 含んだ 1 M グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA, pH8.0)へ透析を12時間行う。その際、ジスルフィド結合を有する蛋白質の場合は、蛋白質濃度の50量の酸化剤(GSSG)、若しくは酸化剤(GSSG)と還元剤(GSH)の混合物を外液に加えておく(酸化剤と還元剤を用いる場合の混合比は、蛋白質にもよるが、GSSG/GSH = 1 / 10 をまず試し、徐々に酸化剤の量を増やした系を試す)。そして次に、0.4 M アルギニン塩酸塩を含んだ 0.5 M グアニジン塩酸塩への12時間透析を介して、グアニジン・アルギニンを含まないトリス緩衝水溶液へ3回透析(各6時間)を行い、グアニジン・アルギニンを完全に除去する。最後に、透析内液を遠心管に移し遠心(5,800g, 30分)後、上清を回収し蛋白質濃度を分光光度計によって定量する。
工夫とコツ
蛋白質の可溶化・巻き戻しで用いる緩衝水溶液は、使用 pH によって変化できる
今回のプロトコールでは、pH8 で蛋白質を巻き戻す場合であり、pH7 で蛋白質を巻き戻したい場合は、リン酸緩衝液等を用いることもできる。また、トリスのように溶液 pH に温度依存性がある緩衝液は、4℃の水温環境下で pH 調製を行う。
Tween20 水溶液を用いて不溶性顆粒の洗浄した後、必ず界面活性剤を含まない緩衝水溶液であらって界面活性剤を除去する
界面活性剤が残っていると、後の蛋白質巻き戻しにおいて巻き戻し効率の低下等の悪影響がでることが多い。
酸化・還元剤を含む透析外液は使用直前に調製する
酸化・還元剤は溶液に溶解させた直後から活性が低下していくため、溶液として保存しておくと十分な機能が発揮できないので用事調製を心がける。また、β-メルカプトエタノールは開封後に不活性化していく場合があるので、注意が必要である。
文献
- Tsumoto, K. et al., J. Immunol. Methods, 219, 119–129 (1998)
- Umetsu, U. et al., J. Biol. Chem., 278, 8979–8987 (2003)
- Tsumoto, K. et al., Protein Eng., 16, 535–541 (2003)
- 梅津 光央, 生物物理, 44(3), 102–107 (2004)
概要
大腸菌を用いた組換蛋白質の大量調製システムは簡便かつ安価であるので研究だけでなく工業的にも広く用いられている。しかし、このような生細胞発現システムにおいて、目的蛋白質が大量に発現し過ぎて、菌体内で非天然型の不活性な不溶性顆粒の形成が起こり、可溶性画分として得られない例が多くある。この不溶性顆粒は比較的簡単に分離精製ができ、収量が高いだけでなくプロテアーゼによる分解も受けていないことが多い。そのため、不溶性顆粒から天然立体構造と活性を回復させる手法は、生細胞発現システムによる組み換え蛋白質調製の汎用性拡大と大量生産にとって重要な単位操作である。不溶性顆粒からの蛋白質再活性には、大きく分けて希釈法と透析法があるが、本プロトコールでは、段階的透析プロセスを用いた系 (1–4) での蛋白質の効率的再生方法を述べる。
装置・器具・試薬
- トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris, 各社)
- 塩化ナトリウム(NaCl, 各社)
- ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Tween-20, 各社)
- グアニジン塩酸塩(各社)
- アルギニン塩酸塩(各社)
- β-メルカプトエタノール(各社)
- 酸化型グルタチオン(GSSG, 各社)
- 還元型グルタチオン(GSH, 各社)
- 遠心器(各社)
- 分光光度計(各社)
- 透析膜(各社)
- 金属アフィニティークロマトグラフィー(各社)
実験手順
- 第1日
- 1)不溶性顆粒の調製
- 2)蛋白質の可溶化
- 第2日
- 3)変性状態での蛋白質精製
- 4)蛋白質の還元処理
- 第3日–5日
- 5)段階透析
実験の詳細
第1日
(1) 不溶性顆粒の調製
600 ml の培養液で増殖した大腸菌を遠心器によって集菌した後、50 ml の50 mM トリス緩衝水溶液(pH8.0, 200 mM NaCl)で懸濁し、超音波破砕する。次に、懸濁液を遠心管へ移し遠心(5,800g, 30分)後、上清水溶液を取り除き、50 ml の 0.1–0.4% Tween20 水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, pH8.0)を加える。そして、再懸濁・遠心分離(5,800g, 30分)する操作を2–4回繰り返すことによって、沈殿画分に含まれている膜蛋白質・脂質・核酸等を洗浄除去する。最後に、Tween20 が含まれていないトリス緩衝水溶液で再懸濁・遠心分離(5,800g, 30分)し、界面活性剤である Tween20 を完全に取り除く。
(2) 蛋白質の可溶化
(1) によって調製した不溶性顆粒に 10 ml の 6 M 塩酸グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, pH8.0)を加え、一昼夜静置して目的蛋白質を可溶化する。
第2日
(3) 変性状態での蛋白質精製
不溶性顆粒に加えたグアニジン水溶液を遠心管へ回収し遠心(5,800g, 30分)後、上清を回収する。そして、発現蛋白質にポリヒスチジン配列が融合されている場合、6 M グアニジン塩酸塩を含む水溶液を用いて、金属アフィニティークロマトグラフィー(例えば、Merck 社の・His・Bind システムを使用)で精製する。精製後は、巻き戻しの開始水溶液である、6 M グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, pH8.0)を外液として透析を行う。
(4) 蛋白質の還元処理 *ジスルフィド結合を有する蛋白質の場合には、この処理を行う。
6 M グアニジン水溶液への透析後内液を回収し、蛋白質濃度を分光光度計によって定量する。そして、蛋白質濃度を 5~20 μM へ調整し、さらに50倍量のβ-メルカプトエタノールを添加し、室温暗所に4時間以上静置する。
第3日–5日
(5) 段階透析
以下の操作は、すべて4℃で行う。還元処理した可溶化蛋白質水溶液 10 ml を、500ml 6 M グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA, pH8.0)へ透析を行い、6時間後、500 ml 3 M グアニジン水溶液、500 ml 2 M グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA, pH8.0)を外液として6時間透析する。2 M グアニジン水溶液への透析後は、蛋白質の凝集抑制効果を持つアルギニン塩酸塩を 0.4 M 含んだ 1 M グアニジン水溶液(50 mM トリス, 200 mM NaCl, 1 mM EDTA, pH8.0)へ透析を12時間行う。その際、ジスルフィド結合を有する蛋白質の場合は、蛋白質濃度の50量の酸化剤(GSSG)、若しくは酸化剤(GSSG)と還元剤(GSH)の混合物を外液に加えておく(酸化剤と還元剤を用いる場合の混合比は、蛋白質にもよるが、GSSG/GSH = 1 / 10 をまず試し、徐々に酸化剤の量を増やした系を試す)。そして次に、0.4 M アルギニン塩酸塩を含んだ 0.5 M グアニジン塩酸塩への12時間透析を介して、グアニジン・アルギニンを含まないトリス緩衝水溶液へ3回透析(各6時間)を行い、グアニジン・アルギニンを完全に除去する。最後に、透析内液を遠心管に移し遠心(5,800g, 30分)後、上清を回収し蛋白質濃度を分光光度計によって定量する。
工夫とコツ
蛋白質の可溶化・巻き戻しで用いる緩衝水溶液は、使用 pH によって変化できる
今回のプロトコールでは、pH8 で蛋白質を巻き戻す場合であり、pH7 で蛋白質を巻き戻したい場合は、リン酸緩衝液等を用いることもできる。また、トリスのように溶液 pH に温度依存性がある緩衝液は、4℃の水温環境下で pH 調製を行う。
Tween20 水溶液を用いて不溶性顆粒の洗浄した後、必ず界面活性剤を含まない緩衝水溶液であらって界面活性剤を除去する
界面活性剤が残っていると、後の蛋白質巻き戻しにおいて巻き戻し効率の低下等の悪影響がでることが多い。
酸化・還元剤を含む透析外液は使用直前に調製する
酸化・還元剤は溶液に溶解させた直後から活性が低下していくため、溶液として保存しておくと十分な機能が発揮できないので用事調製を心がける。また、β-メルカプトエタノールは開封後に不活性化していく場合があるので、注意が必要である。
文献
- Tsumoto, K. et al., J. Immunol. Methods, 219, 119–129 (1998)
- Umetsu, U. et al., J. Biol. Chem., 278, 8979–8987 (2003)
- Tsumoto, K. et al., Protein Eng., 16, 535–541 (2003)
- 梅津 光央, 生物物理, 44(3), 102–107 (2004)
改訂履歴
2021年1月4日 改訂
- 「実験の詳細」に記載された、「第2日(3)変性状態での蛋白質精製」のセッション中の「Novagen」を「Merck」に変更。
- 「工夫とコツ」において、「蛋白質の可溶化・巻き戻しで用いる緩衝水溶液は、使用 pH によって変化できる」のセッション中に、「また、トリスのように溶液 pH に温度依存性がある緩衝液は、4℃の水温環境下で pH 調製を行う。」を追記。そして、「酸化・還元剤を含む透析外液は使用直前に調製する」中では、用事調整の「整」を「製」に変更すると共に、「また、β-メルカプトエタノールは開封後に不活性化していく場合があるので、注意が必要である。」を追記。