等温滴定熱測定

京都府立大学大学院生命環境科学研究科

  • 邦文引用織田昌幸, 蛋白質科学会アーカイブ, 1, e030 (2008)
  • キーワードITC、分子間相互作用、結合親和性、結合比、熱力学量
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概要

等温滴定型熱量計(Isothermal Titration Calorimeter: ITC)は、一定温度下で滴定に伴う熱量変化を検出する装置で、主に分子間相互作用解析に用いられる。分子同士が結合する時に発生する微小な熱量変化を計測し、得られる滴定曲線から、結合比(n)、結合定数(Ka)、結合のエンタルピー変化(ΔH)を求めることができる。さらに[1]式から結合のGibbs自由エネルギー変化(ΔG)が求まり、[2]式から結合のエントロピー変化(ΔS)を算出できる。

特筆すべき点としては、ΔHを実験的に決定できることから、分子間相互作用の熱力学量を他の測定手法に比べて精度よく決定できること、また分子の化学的修飾を必要としないことなどがあげられる。

装置・器具・試薬

等温滴定型熱量計

高感度な等温滴定型熱量計として、MicroCal社やTA INSTRUMENTS社の装置が知られている。著者はMicroCal社装置(図1)(1)のユーザーでもあり、本稿では同装置の使用経験に基づき、執筆させていただく。なお同社の現時点での最新機種は、iTC200(初回リリース2007年)で、他にVP-ITC(初回リリース1999年)やMCS-ITC(初回リリース1994年)などがある。使用機種により、必要試料量などが異なるが、実験プロトコルとしては共通部分が多い。

実験手順

第1日

1)測定試料の準備。
2)試料の濃度決定。

第2日

3)測定試料の脱気。
4)ITC測定。
5)データ解析と装置の保守。

実験の詳細

第1日

1)測定試料の準備

ITC測定にあたり、装置の滴定シリンジとサンプルセルそれぞれに、相互作用を解析する2種類の試料を充填する。表1には1回の測定に必要な試料量をまとめる。

表1. 必要試料量

ITC機種 シリンジ体積 シリンジ用調製量 セル体積 セル用調製量
MCS-ITC 100μL or 250μL 400μL or 600μL 1.3 - 1.4 mL 2.0 mL
VP-ITC 250μL 400μL 1.3 - 1.4 mL 2.0 mL
iTC200 40μL 60μL 0.2 mL 0.3 mL

試料濃度は、相互作用に伴うΔHに大きく依存するので、適当な濃度で一度測定を行い、得られるデータから最終的に判断することになる。またKaとの関連では、c = Ka Mtot n (Mtot:滴定前のサンプルセル中の試料濃度)で定義されるc値が、1 ≦ c ≦ 1000、理想的には5 ≦ c ≦ 500となるよう、Mtotを調製する。なお一般的には、Mtotが数μMから数十μMとなる。滴定曲線の形状は、図2に示すように、結合が弱い相互作用ほど、なだらかな曲線となる。一方、滴定シリンジ側の試料濃度は、滴定終了後に結合がほぼ飽和するように設定する。大体の目安として、 結合比が1:1でKa が 106 M-1 以上の場合、滴定終了時点でシリンジ側試料の物質量がセル側試料の2~3倍程度となるように設定し、Kaが106 M-1より小さくなる系ほどその割合を高くする必要がある。なお滴定シリンジからの総滴下量は、表1に掲げたシリンジ体積を最大量として減らすことも可能であり、高濃度試料を少量滴下するような設定も可能である。

滴定シリンジとサンプルセルに入れる試料の溶媒は、出来るだけ同一にする必要がある。ミスマッチがあると、目的とする反応熱なのか、溶媒の混合熱なのかの判別が難しくなる。そこで準備する2種類の試料について、透析法などにより、適当な同一溶媒に置換する。ただし試料の安定性などが懸念される場合、測定直前に溶媒を付加することで、両試料溶液の組成を出来るだけ同一にすることもある。またバッファーの選択にあたっては、試料とバッファー間でのプロトン交換に伴う熱量が観測されうるので(2)、2種類以上の溶媒中での測定が薦められる。

2)試料の濃度決定

ΔHなどの熱力学量決定にあたり、試料の濃度が直接影響する。そこで試料の濃度決定にあたっては、吸光度計を用いるなどして、正確さを期す必要がある。また相互作用する2種類の試料のうち、一方の試料濃度のみ正確に決定でき、結合比も別法等により予測がつく場合などは、ITC測定により得られる結合比から補正する(例えば1:1に固定する)ことで、もう一方の試料濃度を決定することもできる。

第2日

3)測定試料の脱気

MCS-ITCやVP-ITCを使う場合、サンプルセルに入れる試料の脱気を十分に行う必要がある。仮にセル内の溶液中に気泡が入った場合、検出データのノイズの原因となる。脱気操作として、試料を入れた2 mL用のプラスチックチューブにマイクロ回転子を入れ、攪拌しながら最低10分程度行う。

4)ITC測定

ITC装置を起動させ、測定温度を設定する。なおMCS-ITCでは装置本体に冷却機能がないため、室温以下での測定時には外付けの恒温槽を用い、その水温を測定温度の5℃以下に設定して行う。なお同設定は、測定前日に行う。次に脱気した試料をサンプルセルに充填する。この場合もセルに気泡が入らないよう、専用のシリンジを用い、同シリンジの先をサンプルセル底部近くまで入れ、注意深く充填する。なおサンプルセルは断熱シールド内に固定されており、同セルへの注入口しか目視できない。そのためサンプルセルへの溶液の出し入れは、専用シリンジでセルの底部がどこにあるかを探りながら行う。また表1記載のように、セルの実体積よりも多めの試料量を準備し、試料充填時にセルの注入口から試料が溢れることを確認することが薦められる。

次に測定パラメータの設定を行う。滴定回数は、解析時に十分なデータ点を得るため、通常は10回以上にする(1回の滴定のみで、データのデコンボリューションから相互作用パラメータを得る方法もある)。各回の滴下量は、得られる熱量の程度を鑑み、設定する。滴定回数とあわせて、最終的な滴定総物質量と、サンプルセル側試料の物質量との量比を、前述のように考慮する必要がある。また各回の滴下量は、別々に異なる値を設定することもできる。例えば、滴定シリンジの試料注入口近くの試料量が不正確である可能性を考慮し、1回目の滴下量を少なめに設定して、データ解析点からこの1点のみ除外する方法もある(後述)。滴定間隔は、対象とする相互作用の平衡状態にいたる時間を考慮して設定する。通常の系であれば、MCS-ITCやVP-ITCで4分程度、iTC200で2分程度となる。iTC200では、サンプルセル体積が小さいため必要試料量が軽減され、さらに滴定後に平衡化するまでの時間が短縮された。

測定パラメータの設定後、測定を開始する。なお滴定シリンジを最初にセットし、装置の安定化確認なども自動で行う方法もあるが、ここでは測定者が各ステップを確認しながら行う方法を記述する。測定開始後、自動的に測定温度での安定化、サンプルセルとリファレンスセルとの温度差の安定化、サンプルセルへのフィードバック電力の安定化が順次行われる。なおプロトコルからは逸脱するが、このフィードバック電力について少し概説する。MicroCal社のITC装置は、サンプルセルとリファレンスセルとの温度差が常にゼロになるよう、サンプルセル表面の微小ヒータに一定の電力を供給する入力補償方式が採用されている(3)。すなわち、サンプルセル内での分子間相互作用に伴い、発熱が生じるとフィードバック電力を減少させ、一方、吸熱反応の場合は増加させ、リファレンスセルとの温度差をゼロにしている。実際の測定生データは、このフィードバック電力の変化を検出しており、発熱反応では、見かけ上、負の向きへのピークが(図3A)、吸熱反応では正の向きへのピークが観測される。

フィードバック電力、すなわちデータのベースラインが安定になった上で、試料を充填した滴定シリンジを装置にセットする。その後、同シリンジはサンプルセル内で回転する。滴定シリンジの先端は平らな形状をしており、その先端部分から試料を滴下する構造になっている。すなわち、回転しながら滴下することで、効率的に反応が平衡状態に達する設計である。なおサンプルセル内に気泡などが存在すると、ベースラインが安定化しない。このような場合は、いったん測定を中断し、滴定シリンジにより高速で数回撹拌するか、試料をセルから取り出して脱気をやり直す必要がある。

滴定シリンジのセット後、ベースラインのノイズ、ドリフト、ともに安定になったところで、実際の滴定測定を開始する。あとは測定終了まで、データの取り込みなど自動的に行われるが、もし途中で測定条件(各回の滴下量や滴定回数など)を変更したい場合は、そのようなアップデートも可能であり、適宜リアルタイムで表示されるデータを見ながら検討する。

滴定シリンジで高濃度に存在する試料が、サンプルセル内で希釈されることに伴う熱量、希釈熱が、試料間の反応熱に加算される可能性がある。そこでこの希釈熱の寄与を補正するため、サンプルセル内に溶媒のみを充填させ、そこに滴定シリンジから、前述の滴定実験時と同一の試料を滴下する測定も行う。

生体分子間相互作用の熱力学量として、熱容量変化量(ΔCp)も重要な情報を与える。このΔCpを得るためには、同様のITC測定を異なる温度で行う必要がある。すなわち各温度で得られたΔHの温度依存性から、ΔCpを算出することになる。

5)データ解析と装置の保守

ITC測定結果の解析は、通常、データ解析ソフトOriginをベースにしたMicroCal社の解析ソフト上で行う。なお同ソフトを用いての熱力学量単位はcalで表されるので、SI単位表記でのJには適宜換算する必要がある。使用法など詳細はメーカーのマニュアルをご参照いただくとして、ここでは要点のみを記載する。図3Aのような生データを読み込むと、各滴定ピークが自動的に積分され、図3Bのようなデータが得られる(積分範囲をマニュアルで指定することも可能)。ここで各試料濃度を入力し、不要なデータ点(例えば前述のような1回目の滴定点)を削除する。同様の操作を溶媒に試料を滴下した実験データに関しても行い、これをリファレンスデータとして、試料同士の滴定データから引き算する。得られた結果が、図3Bのような各データ点で、これに1:1結合のようなモデル式を利用して、フィッティングを行う(図3Bの実線カーブ)。このフィッティングから、前述のように、nKa、ΔHが決定される。なおモデル式としては、各結合部位が等価な場合や、非等価な場合のモデルが用意されている。図3では、抗原結合部位が2箇所あるIgG抗体と抗原との結合実験例で、各抗原結合部位は等価として1:1結合モデルでのフィッティングを行い、結果として結合比(n)も、ほぼ2となっている。このように結合比が直接的に決定できる点はITCの一つの魅力であり、前述のように試料濃度の決定に逆利用できることや、試料の安定性の指標(例えば図3の実験系で、抗体試料の一部が変性していると、見かけ上のnの値は2より小さくなる)として用いることもできる。

測定終了後も装置を最適な状態で保持すべきことは言うまでもないが、特にサンプルセルが装置内に固定化され、内部を目視できないことからも、その保持は慎重かつ十分に行う必要がある。サンプルセルの洗浄は、装置に付属の道具を用いて、水や洗剤を流して行う。測定試料が蛋白質の場合、洗剤は強アルカリ性界面活性剤dcn90を5%にして300 mL程度を流し、その後、同量程度の水を流す。特にサンプルセルの汚れがひどく、測定データのベースラインが安定しないなどの症状がある場合には、10% dcn90をサンプルセルに充填し、セルの温度を65℃にして1時間程度放置する方法が、メーカーから推奨されている。以上の洗浄後、装置未使用時も、サンプルセルには水を充填しておくことが勧められる。

装置の熱量校正も重要である。電気的な校正は装置付属のマニュアル記載の通りであり、その他にも必要に応じて得られる熱力学量の正確さを随時確認する。その場合、文献値との比較が有効で、著者はEDTAとCa2+との結合実験をよく利用する(4)。その他にも、いくつかの実験例がまとめられた成書があるので、参考にされたい(5,6)。

工夫とコツ

試料の溶媒や混在物に注意

試料調製にあたり、滴定する側、される側の溶媒は、同一にしなければならない。高濃度の試料を希釈して用いる場合も、そのストック溶液中にグリセロールやDMSOが混在する場合には注意を要する。水溶性の低い有機化合物の溶媒にDMSOを用いる場合、滴定試料溶媒の濃度として5%以下になるよう調製し、もう一方の試料の溶媒組成も同じになるよう調製する。一般的に有機溶媒の希釈熱は非常に大きいため、特に注意が必要である。また化合物を溶解すると溶液のpHが変わる場合もあり、最終試料としての溶媒やpHの変化に気を配る必要がある。

蛋白質試料の還元剤としてDTTなどが良く用いられるが、この酸化熱は大きく、DTTの状態にも依存するので、試料調製や解析時には注意を要する。また試料の安定性や実験目的によって、EDTAやCa2+などを溶液中に混在させることがあるが、見たい試料以外に相互作用しうる分子が混在する場合も気をつけなければならない。「熱量変化が見えた!」と思ったら、実は単にEDTAによるキレート反応だった、という失敗談もある。

試料の脱気も十分に行う必要がある。測定生データにノイズやドリフトが大きい場合、試料中の気泡が疑われる他、設定温度の不安定さも要因となりうる。

試料濃度

試料の濃度をどうするかは良く聞かれる質問だが、こればかりは結合に伴う熱量に依存し、一度測定してみないとわからないとしか答えられない。ただし注意すべき点として、熱量変化が一見判別できない場合にも、その分子同士が結合しないとは断じられない。例えば図3に示したデータを得るためには、通常の10倍相当濃度の30μMの抗体を用いた。この実験を最初3μMの抗体で行ったとき、熱量変化は滴下する抗原の希釈熱程度しか観測されなかった。蛇足だが、1度の測定に30μMの抗体、総量にして9 mgもの抗体を用いることは逡巡されたが、得られた結果はその労力を補って余りあるものであった。またITCでは、測定後の試料を回収できるので、その有効利用も可能である。

熱量変化が見えない、あるいは小さい場合の対応策として、試料濃度を変えるほかに、測定温度を変える手だてもある。すなわち分子間相互作用のΔCpが負の値の場合、温度を高くするとΔHは負に大きくなることが予想される。吸熱反応か発熱反応かで、その対応が異なるが、例えば小さな発熱反応をより大きく観測したい場合、測定温度を高くすると、より大きな熱量変化が観測されるはずである。またバッファーを変え、プロトネーションエンタルピーを付加することで、ΔHの増大を期待する方法もある。

強い結合系での対応

ITC測定で、Kaが 108 M-1 程度までなら、解析データのフィッティングから直接Kaを精度よく求められる。一方、それ以上の強い結合の場合、nやΔHは精度よく決定できるものの、Kaのフィッティングエラーは大きくなる。このような場合、別のアッセイ系で得られるKaを用いるやり方もあるが、競合分子存在下でITC測定を行う「displacement ITC」といった手法もある(7)。

酵素活性測定

本稿では主に分子間結合実験に焦点をおいて、そのプロトコルを記述したが、ITCを用いて酵素の活性測定を行うこともできる(8)。すなわち滴定シリンジとサンプルセルいずれかに、酵素または基質を充填し、滴定後の基質の変化に伴う熱力学量を経時的に観測する。この場合、滴定前での酵素と基質との混合の影響をできるだけ抑えるため、滴定シリンジに基質を、サンプルセルに酵素を入れるような実験系が推奨される。一方、濃度調整の関係などで、滴定シリンジに酵素を入れる必要がある場合、滴定シリンジへの酵素の充填後、微量の溶媒を追加充填し、セルへの注入口付近からの漏出を抑える工夫もある。

文献

  1. Wiseman, T. et al., Anal. Biochem., 179, 131-137 (1989)
  2. Fukada, H. & Takahashi, K., Proteins, 33, 159-166 (1998)
  3. Buzzell, A. & Sturtevant, J. M., J. Am. Chem. Soc., 73, 2454-2458 (1951)
  4. Kuroki, R. et al., J. Biol. Chem., 267, 24297-24301 (1992)
  5. 日本化学会生体機能関連化学部会編, 生体機能関連化学実験法, 35-48, 化学同人 (2003)
  6. 日本化学会編, 実験化学講座〈6〉温度・熱、圧力, 235-244, 301-309, 丸善 (2005)
  7. Velazquez-Campoy, A. & Freire, E., Nat. Protoc., 1, 186-191 (2006)
  8. Karim, N. & Kidokoro, S., Netsu Sokutei, 33, 27-35 (2006)
  • 図1
  • 図2
  • 図3