概要
直接観察からは、アミロイド線維の形態や伸長方向、伸長速度といった他の手法では容易に得られない情報を即座に手にいれることができる。これらの情報は、アミロイド線維の伸長機構を解く重要な方法となる。蛍光色素チオフラビン T(ThT)はアミロイド線維と結合すると 490 nm 付近に強い蛍光を発することが知られている。筆者らは、この蛍光を全反射蛍光顕微鏡を用いて測定することで、一線維レベルでアミロイド線維を観察できる方法を考案した(1)。筆者らが開発した手法は、蛍光プローブとして ThT を用いるので、簡便且つ一般性が高いことも特徴の1つである。実際、筆者らは、β2 ミクログロブリン(2)やアミロイドβ(Aβ)アミロイド線維(3, 4)の直接観察に成功している。ここでは、特に Aβ(1-40) アミロイド線維の伸長観察について記述する。
装置・器具・試薬
- 全反射蛍光顕微鏡(市販の倒立型蛍光顕微鏡から自作)
- 超音波破砕機(各社)
- 蛍光分光光度計(各社)
- チオフラビン T(ThT)(各社)
- 合成石英スライドガラス(各社 26×56×1.0 mm)
- 染色バット(縦型10枚用 各社)
- UV オゾン洗浄機(PL16-110 セン特殊光源株式会社)
- Aβ(1-40) ペプチド(4307-V ペプチド研究所)
実験手順
- 第1日
- 1) ThT 水溶液の準備
- 第2日
- 2) Aβ(1-40) ペプチドの調製
- 3) ThT 蛍光定量法
- 第3日目
- 4) Aβ(1-40) アミロイド線維伸長反応
- 5) スライドガラスの洗浄
- 第4日目以降
- 6) Aβ(1-40) アミロイド線維の全反射蛍光顕微鏡観察
- 7) スライドガラス表面上で伸長した Aβ(1-40) アミロイド線維の観察
- 8) Aβ(1-40) アミロイド線維のリアルタイム観察
実験の詳細
第1日目
1) ThT 水溶液の準備
ThT を 100 μM になるように、アルミホイルで遮光したメスフラスコ中で、純水(MQ 水)に溶かす。ThT は溶けにくいので、室温で一晩撹拌する。調製した ThT 水溶液は、遮光し室温で保存する。ThT は、各社から入手できるが、著者らは富士フィルム和光純薬株式会社の製品を使用している。
第2日目
2) Aβ(1-40) ペプチドの調製
Aβ(1-40) ペプチドを 500 μM になるように0.02%アンモニア水溶液に溶かす。筆者らは、ペプチドが入ったバイアルに、冷やしたアンモニア水溶液を加え、丁寧に溶解している。なおアミロイド線維の自発重合を避けるために、ペプチドの調製は全て、低温室で行う。
ペプチドの濃度は、ブラッドフォード法により決定する。濃度を決定した後、1回の実験で使う量ずつ分注し(10 μl あれば数回観察できる)、−80℃で保存する。筆者らは、検量線のスタンダードサンプルとして、別に調製した Aβ(1-40) ペプチドを使っている。検量線は、0,10,25,50,100 μM の吸光度を用いて作成している。なお各濃度に付き、吸光度は3 回ずつ測定し、その平均値を用いる。スタンダートサンプル用の Aβ(1-40) ペプチドは、上記の方法で 100 μM になるように調製し、−80℃で保存している。
また調製した Aβ(1-40) ペプチドの自発重合性を確かめるために、調製した後に ThT 蛍光定量法を行っている。正しく溶解した Aβ(1-40) ペプチドは、1日間重合反応条件下で、インキュベートしても自発重合反応を起こさないが、凝集体を含む Aβ(1-40) ペプチドは、数時間の内に重合反応を起こし、490 nm 付近に ThT 特有の蛍光を示す。
3) ThT 蛍光定量法
ThT蛍光は、分光蛍光光度計を使って測定する。
ThT 蛍光は、分光蛍光光度計を使って測定する。
- ThT 定量を行う直前に、500 mM グリシン–水酸化ナトリウム緩衝液(pH 8.5)と MQ 水を用いて、5 μM ThT、50 mM グリシン–水酸化ナトリウム緩衝液(pH 8.5)の ThT 溶液をつくる。
- 5 μl のサンプルを、1 ml のThT 溶液とよく混合し、分光蛍光光度計を用いて蛍光強度を測定する(励起波長:455 nm、蛍光波長:490 nm)。
第3日目
4) Aβ(1-40) アミロイド線維伸長反応
in vitro で Aβ(1-40) アミロイド線維を形成する方法は確立されている。筆者らは、主にシード依存性アミロイド線維伸長反応を観察しているので、まずシードが必要となる。シードとは、超音波処理により断片化したアミロイド線維のことである。
シードの元となるアミロイド線維は、福井大学 内木宏延教授から供与していただいた。Aβ(1-40) アミロイド線維伸長反応は、全て、伸長反応溶液:50 mM リン酸緩衝液(pH 7.5)、100 mM 塩化ナトリウムで行っている。
- 最終濃度 15 μg/ml になるように、アミロイド線維を伸長反応溶液に懸濁する。懸濁後、マイクロチップを使い、超音波処理を行う。
- 25 μM Aβ(1-40)、5 μg/ml シードとなるように、伸長反応溶液に混ぜ、37℃の恒温機中で一晩保温する。アミロイド線維伸長の有無は、ThT 蛍光定量法で確認する。
- 遠心機(15000 × g、4℃、10分間)でアミロイド線維を沈殿させ、50 mM リン酸緩衝液(pH 7.5)、100 mM 塩化ナトリウムで、数度洗う。洗ったアミロイド線維は、ブラッドフォード法で濃度を決定した後、4℃で保存する(筆者らは、200 μg/ml 程度の濃度になるようにしている)。
- ThT 蛍光測定法を使い、調製した Aβ(1-40) ペプチド及び、シードが、アミロイド線維伸長反応を起こすかどうかを確かめる。筆者らの実験系では、2時間ほどで、平衡に到達する。可能であれば、伸長したアミロイド線維を電子顕微鏡や原子間力顕微鏡で観察し、アミロイド線維特有の形態を示すことを確認する。
5) スライドガラスの洗浄
スライドガラスに付着した汚れや埃は、背景光を生み出す原因となるので、スライドガラスを徹底的に洗浄する。
スライドガラスの保管及び洗浄は、染色バット中で行っている。
- 0.5%アルカリ性洗剤(Hellmanex Hellma ナカライテスクから入手可能)中で20分間超音波洗浄する。
- MQ 水で3回リンスした後、MQ 水中で10分間超音波洗浄する。
- 再び、MQ 水で10回リンスする。
- 30%過酸化水素水 20 ml と、28%アンモニア水 1 ml を混ぜ、MQ 水で 100 ml にする。この洗浄液に基板を浸し、70℃の湯浴で10 分間加熱する。70℃に温められた湯浴に、染色バットを浸すと破損するので、湯浴の温度が40℃になったら、浸すとよい。
- 洗浄液を捨て、MQ 水で10回リンスする。
- 真空乾燥機を使い、90℃で30分間真空乾燥する。
- 洗浄したスライドガラスをさらに、UV オゾン洗浄機でさらに洗浄する。洗浄効果は、時間共に低下するので、観察前にUV オゾン洗浄する方がよい。
第4日目以降
6) Aβ(1-40) アミロイド線維の全反射蛍光顕微鏡観察
エッペンドルフチューブ内で伸長した線維を観察できるか確かめる。エッペンドルフチューブ内で伸長したアミロイド線維に、最終濃度が 5 μM になるように ThT 溶液を加える。14 μl をスライドガラス上に載せ、カバーガラスを置いた後、マニキュアで周囲を固める。完成した標本を顕微鏡で観察する。UV オゾン洗浄したスライドガラス表面は、極めて高い親水性を示すので、サンプル量を 20 μl 程度した方が、気泡が入りにくい。
7) スライドガラス表面上で伸長した Aβ(1-40) アミロイド線維の観察
50 μM Aβ(1-40)、5 μg/ml シード、5 μM ThT となるように、伸長反応溶液に混ぜる。14 μl をスライドガラス上に載せ、カバーガラスを置いた後、マニキュアで周囲を固める。いきなりリアルタイム観察を行ってもよいが、何時間かかるか分らない測定を行うのは無駄なので、顕微鏡標本を数枚作り、数時間ごとに観察し、様子を探る。
8) Aβ(1-40)アミロイド線維のリアルタイム観察
2) と同様に、アミロイド線維反応溶液を調製し、37℃に恒温した顕微鏡下で、観察を行う。筆者らは、伸長速度解析等を行う場合は、2分おきに観察を行った。各線維の長さは、解析ソフトウェア(Image-Pro PLUS Media Cybernetics)を使って求めた。
工夫とコツ
全反射蛍光顕微鏡
筆者らは、プリズム型の全反射蛍光顕微鏡を使っている。プリズム型は、無蛍光グリセロールを使いスライドガラスに密着させたプリズムを介してレーザー光を入射し、スライドガラスとサンプルの界面で全反射を起こす(5)。構成部品のほとんどは、市販されているが、プリズムを装着する部品及びステージの一部は、自作する必要がある。参考までにプリズム周りの様子を示す(図1)。筆者らの顕微鏡は、倒立型蛍光顕微鏡(IX70 オリンパス株式会社)を元に、東北大学 和沢 鉄一博士の協力により作製した。光源は、ヘリウム–カドミウムレーザー(IK5552R-F 金門電気株式会社)を使用し、波長 442 nm の励起光を得る。対物レンズは、油浸対物レンズ(Plan Apo 100×OTIRFM オリンパス株式会社)を使い、蛍光像は、バンドパスフィルター(D490/30M Omega Optical)を通った後、CCD カメラ(DP70 オリンパス株式会社)に記録される。顕微鏡は、恒温チャンバー内に置かれており、伸長条件に応じた温度で観察することができる。
観察用カメラの選択
伸長条件にもよるが、アミロイド線維と結合した ThT は強い蛍光を放つ。筆者らの場合、酸性 pH 条件下で伸長する β2 ミクログロブリンアミロイド線維は、肉眼で観察することは不可能だが、中性 pH 条件下で伸長する Aβ(1-40) アミロイド線維は、顕微鏡を通して肉眼で観察できる。肉眼で観察できるようであれば、高価な高感度 CCD カメラでなくとも、通常の顕微鏡用 CCD カメラで十分に観察できる。また最近では、一般用のデジタルカメラの性能がよくなっているので、目的に応じて、これらを代用することもできる。
合成石英スライドガラス
合成石英スライドガラスは、442 nm で励起しても蛍光をほとんど出さないので、個々の線維を観察するのに、適した基板である。ただ合成石英スライドガラスは、一枚1000円程度するので、数を揃えにくい。そこで、最近は、少し大きめのサイズ(26×78×1.0 mm)を注文し、半分に切断して使っている。またホコリやゴミの混入を防ぐために、顕微鏡標本は、クリーンベンチ内で調製している。石英スライドガラスと比較すると、背景光が大きくなるが、通常のガラス製スライドガラスでも、アミロイド線維を一線維レベルで観察することが可能である。またアミロイド線維は、背景光が著しく大きくなるが、通常の蛍光顕微鏡でも観察することができる。ThT を使って、アミロイド線維が観察できるか否かは、全反射蛍光顕微鏡を使わなくても、通常の蛍光顕微鏡とガラス製スライドガラスを使って評価できる。ただし、参考文献(5)にあるように、ガラス製スライドガラスに由来する背景光は、励起波長と観察波長で大きく変化するので、他の蛍光色素を使う際は、注意する必要がある。
対物レンズ型全反射蛍光顕微鏡を使う際には
筆者の経験では、対物レンズ型全反射蛍光顕微鏡を用いる時は、カバーガラスの洗浄も必要となる。この時は、磁性染色器(803-131-01 池本理科工業株式会社)を使うと便利である。
文献
- Ban, T. & Goto, Y., Methods Enzymol., 413, 91–102 (2006)
- Ban, T et al., J. Biol. Chem., 278, 16462–16465 (2003)
- Ban, T et al., J. Mol. Biol., 344, 757–767 (2004)
- Ban, T et al., J. Biol. Chem., 281, 33677–33683 (2006)
- Wazawa, T & Ueda, M., Adv. Biochem. Eng. Biotechnol., 95, 77–106 (2005)
改訂履歴
改訂日 | 改訂内容 | 改訂前の PDF |
---|---|---|
2020-12-28 |
「所属」を変更。全体に渡って、語彙・文章を適宜修正。 |
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概要
直接観察からは、アミロイド線維の形態や伸長方向、伸長速度といった他の手法では容易に得られない情報を即座に手にいれることができる。これらの情報は、アミロイド線維の伸長機構を解く重要な方法となる。蛍光色素チオフラビン T(ThT)はアミロイド線維と結合すると 490 nm 付近に強い蛍光を発することが知られている。筆者らは、この蛍光を全反射蛍光顕微鏡を用いて測定することで、一線維レベルでアミロイド線維を観察できる方法を考案した(1)。筆者らが開発した手法は、蛍光プローブとして ThT を用いるので、簡便且つ一般性が高いことも特徴の1つである。実際、筆者らは、β2 ミクログロブリン(2)やアミロイドβ(Aβ)アミロイド線維(3, 4)の直接観察に成功している。ここでは、特に Aβ(1-40) アミロイド線維の伸長観察について記述する。
装置・器具・試薬
- 全反射蛍光顕微鏡(市販の倒立型蛍光顕微鏡から自作)
- 超音波破砕機(各社)
- 蛍光分光光度計(各社)
- チオフラビン T(ThT)(各社)
- 合成石英スライドガラス(各社 26×56×1.0 mm)
- 染色バット(縦型10枚用 各社)
- UV オゾン洗浄機(PL16-110 セン特殊光源株式会社)
- Aβ(1-40) ペプチド(4307-V ペプチド研究所)
実験手順
- 第1日
- 1) ThT 水溶液の準備
- 第2日
- 2) Aβ(1-40) ペプチドの調製
- 3) ThT 蛍光定量法
- 第3日目
- 4) Aβ(1-40) アミロイド線維伸長反応
- 5) スライドガラスの洗浄
- 第4日目以降
- 6) Aβ(1-40) アミロイド線維の全反射蛍光顕微鏡観察
- 7) スライドガラス表面上で伸長した Aβ(1-40) アミロイド線維の観察
- 8) Aβ(1-40) アミロイド線維のリアルタイム観察
実験の詳細
第1日目
1) ThT 水溶液の準備
ThT を 100 μM になるように、アルミホイルで遮光したメスフラスコ中で、純水(MQ 水)に溶かす。ThT は溶けにくいので、室温で一晩撹拌する。調製した ThT 水溶液は、遮光し室温で保存する。ThT は、各社から入手できるが、著者らは富士フィルム和光純薬株式会社の製品を使用している。
第2日目
2) Aβ(1-40) ペプチドの調製
Aβ(1-40) ペプチドを 500 μM になるように0.02%アンモニア水溶液に溶かす。筆者らは、ペプチドが入ったバイアルに、冷やしたアンモニア水溶液を加え、丁寧に溶解している。なおアミロイド線維の自発重合を避けるために、ペプチドの調製は全て、低温室で行う。
ペプチドの濃度は、ブラッドフォード法により決定する。濃度を決定した後、1回の実験で使う量ずつ分注し(10 μl あれば数回観察できる)、−80℃で保存する。筆者らは、検量線のスタンダードサンプルとして、別に調製した Aβ(1-40) ペプチドを使っている。検量線は、0,10,25,50,100 μM の吸光度を用いて作成している。なお各濃度に付き、吸光度は3 回ずつ測定し、その平均値を用いる。スタンダートサンプル用の Aβ(1-40) ペプチドは、上記の方法で 100 μM になるように調製し、−80℃で保存している。
また調製した Aβ(1-40) ペプチドの自発重合性を確かめるために、調製した後に ThT 蛍光定量法を行っている。正しく溶解した Aβ(1-40) ペプチドは、1日間重合反応条件下で、インキュベートしても自発重合反応を起こさないが、凝集体を含む Aβ(1-40) ペプチドは、数時間の内に重合反応を起こし、490 nm 付近に ThT 特有の蛍光を示す。
3) ThT 蛍光定量法
ThT蛍光は、分光蛍光光度計を使って測定する。
ThT 蛍光は、分光蛍光光度計を使って測定する。
- ThT 定量を行う直前に、500 mM グリシン–水酸化ナトリウム緩衝液(pH 8.5)と MQ 水を用いて、5 μM ThT、50 mM グリシン–水酸化ナトリウム緩衝液(pH 8.5)の ThT 溶液をつくる。
- 5 μl のサンプルを、1 ml のThT 溶液とよく混合し、分光蛍光光度計を用いて蛍光強度を測定する(励起波長:455 nm、蛍光波長:490 nm)。
第3日目
4) Aβ(1-40) アミロイド線維伸長反応
in vitro で Aβ(1-40) アミロイド線維を形成する方法は確立されている。筆者らは、主にシード依存性アミロイド線維伸長反応を観察しているので、まずシードが必要となる。シードとは、超音波処理により断片化したアミロイド線維のことである。
シードの元となるアミロイド線維は、福井大学 内木宏延教授から供与していただいた。Aβ(1-40) アミロイド線維伸長反応は、全て、伸長反応溶液:50 mM リン酸緩衝液(pH 7.5)、100 mM 塩化ナトリウムで行っている。
- 最終濃度 15 μg/ml になるように、アミロイド線維を伸長反応溶液に懸濁する。懸濁後、マイクロチップを使い、超音波処理を行う。
- 25 μM Aβ(1-40)、5 μg/ml シードとなるように、伸長反応溶液に混ぜ、37℃の恒温機中で一晩保温する。アミロイド線維伸長の有無は、ThT 蛍光定量法で確認する。
- 遠心機(15000 × g、4℃、10分間)でアミロイド線維を沈殿させ、50 mM リン酸緩衝液(pH 7.5)、100 mM 塩化ナトリウムで、数度洗う。洗ったアミロイド線維は、ブラッドフォード法で濃度を決定した後、4℃で保存する(筆者らは、200 μg/ml 程度の濃度になるようにしている)。
- ThT 蛍光測定法を使い、調製した Aβ(1-40) ペプチド及び、シードが、アミロイド線維伸長反応を起こすかどうかを確かめる。筆者らの実験系では、2時間ほどで、平衡に到達する。可能であれば、伸長したアミロイド線維を電子顕微鏡や原子間力顕微鏡で観察し、アミロイド線維特有の形態を示すことを確認する。
5) スライドガラスの洗浄
スライドガラスに付着した汚れや埃は、背景光を生み出す原因となるので、スライドガラスを徹底的に洗浄する。
スライドガラスの保管及び洗浄は、染色バット中で行っている。
- 0.5%アルカリ性洗剤(Hellmanex Hellma ナカライテスクから入手可能)中で20分間超音波洗浄する。
- MQ 水で3回リンスした後、MQ 水中で10分間超音波洗浄する。
- 再び、MQ 水で10回リンスする。
- 30%過酸化水素水 20 ml と、28%アンモニア水 1 ml を混ぜ、MQ 水で 100 ml にする。この洗浄液に基板を浸し、70℃の湯浴で10 分間加熱する。70℃に温められた湯浴に、染色バットを浸すと破損するので、湯浴の温度が40℃になったら、浸すとよい。
- 洗浄液を捨て、MQ 水で10回リンスする。
- 真空乾燥機を使い、90℃で30分間真空乾燥する。
- 洗浄したスライドガラスをさらに、UV オゾン洗浄機でさらに洗浄する。洗浄効果は、時間共に低下するので、観察前にUV オゾン洗浄する方がよい。
第4日目以降
6) Aβ(1-40) アミロイド線維の全反射蛍光顕微鏡観察
エッペンドルフチューブ内で伸長した線維を観察できるか確かめる。エッペンドルフチューブ内で伸長したアミロイド線維に、最終濃度が 5 μM になるように ThT 溶液を加える。14 μl をスライドガラス上に載せ、カバーガラスを置いた後、マニキュアで周囲を固める。完成した標本を顕微鏡で観察する。UV オゾン洗浄したスライドガラス表面は、極めて高い親水性を示すので、サンプル量を 20 μl 程度した方が、気泡が入りにくい。
7) スライドガラス表面上で伸長した Aβ(1-40) アミロイド線維の観察
50 μM Aβ(1-40)、5 μg/ml シード、5 μM ThT となるように、伸長反応溶液に混ぜる。14 μl をスライドガラス上に載せ、カバーガラスを置いた後、マニキュアで周囲を固める。いきなりリアルタイム観察を行ってもよいが、何時間かかるか分らない測定を行うのは無駄なので、顕微鏡標本を数枚作り、数時間ごとに観察し、様子を探る。
8) Aβ(1-40)アミロイド線維のリアルタイム観察
2) と同様に、アミロイド線維反応溶液を調製し、37℃に恒温した顕微鏡下で、観察を行う。筆者らは、伸長速度解析等を行う場合は、2分おきに観察を行った。各線維の長さは、解析ソフトウェア(Image-Pro PLUS Media Cybernetics)を使って求めた。
工夫とコツ
全反射蛍光顕微鏡
筆者らは、プリズム型の全反射蛍光顕微鏡を使っている。プリズム型は、無蛍光グリセロールを使いスライドガラスに密着させたプリズムを介してレーザー光を入射し、スライドガラスとサンプルの界面で全反射を起こす(5)。構成部品のほとんどは、市販されているが、プリズムを装着する部品及びステージの一部は、自作する必要がある。参考までにプリズム周りの様子を示す(図1)。筆者らの顕微鏡は、倒立型蛍光顕微鏡(IX70 オリンパス株式会社)を元に、東北大学 和沢 鉄一博士の協力により作製した。光源は、ヘリウム–カドミウムレーザー(IK5552R-F 金門電気株式会社)を使用し、波長 442 nm の励起光を得る。対物レンズは、油浸対物レンズ(Plan Apo 100×OTIRFM オリンパス株式会社)を使い、蛍光像は、バンドパスフィルター(D490/30M Omega Optical)を通った後、CCD カメラ(DP70 オリンパス株式会社)に記録される。顕微鏡は、恒温チャンバー内に置かれており、伸長条件に応じた温度で観察することができる。
観察用カメラの選択
伸長条件にもよるが、アミロイド線維と結合した ThT は強い蛍光を放つ。筆者らの場合、酸性 pH 条件下で伸長する β2 ミクログロブリンアミロイド線維は、肉眼で観察することは不可能だが、中性 pH 条件下で伸長する Aβ(1-40) アミロイド線維は、顕微鏡を通して肉眼で観察できる。肉眼で観察できるようであれば、高価な高感度 CCD カメラでなくとも、通常の顕微鏡用 CCD カメラで十分に観察できる。また最近では、一般用のデジタルカメラの性能がよくなっているので、目的に応じて、これらを代用することもできる。
合成石英スライドガラス
合成石英スライドガラスは、442 nm で励起しても蛍光をほとんど出さないので、個々の線維を観察するのに、適した基板である。ただ合成石英スライドガラスは、一枚1000円程度するので、数を揃えにくい。そこで、最近は、少し大きめのサイズ(26×78×1.0 mm)を注文し、半分に切断して使っている。またホコリやゴミの混入を防ぐために、顕微鏡標本は、クリーンベンチ内で調製している。石英スライドガラスと比較すると、背景光が大きくなるが、通常のガラス製スライドガラスでも、アミロイド線維を一線維レベルで観察することが可能である。またアミロイド線維は、背景光が著しく大きくなるが、通常の蛍光顕微鏡でも観察することができる。ThT を使って、アミロイド線維が観察できるか否かは、全反射蛍光顕微鏡を使わなくても、通常の蛍光顕微鏡とガラス製スライドガラスを使って評価できる。ただし、参考文献(5)にあるように、ガラス製スライドガラスに由来する背景光は、励起波長と観察波長で大きく変化するので、他の蛍光色素を使う際は、注意する必要がある。
対物レンズ型全反射蛍光顕微鏡を使う際には
筆者の経験では、対物レンズ型全反射蛍光顕微鏡を用いる時は、カバーガラスの洗浄も必要となる。この時は、磁性染色器(803-131-01 池本理科工業株式会社)を使うと便利である。
文献
- Ban, T. & Goto, Y., Methods Enzymol., 413, 91–102 (2006)
- Ban, T et al., J. Biol. Chem., 278, 16462–16465 (2003)
- Ban, T et al., J. Mol. Biol., 344, 757–767 (2004)
- Ban, T et al., J. Biol. Chem., 281, 33677–33683 (2006)
- Wazawa, T & Ueda, M., Adv. Biochem. Eng. Biotechnol., 95, 77–106 (2005)
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