概要
タンパク質の X 線結晶構造解析は、大腸菌を用いたタンパク質発現により大量の純度の高いサンプルを得る技術、放射光実験施設のスペックの向上による迅速な高精度のデータ収集の技術、構造解析に必要なワークステーションの性能の向上や解析に必要なソフトウェアの開発などにより格段に進歩している。良質の結晶が得られた場合は、約1週間で構造解析を終えることも可能になっている。一方で、タンパク質の結晶構造解析の最大のボトルネックは結晶化の段階である。その結晶化もタンパク質の結晶化条件を探すためのキットやロボットの開発などにより進歩している。ここでは、結晶構造解析に適したタンパク質の結晶を得るための結晶化実験について述べる。
装置・器具・試薬
- インキュベーター(各社)、4、20℃用の2台あった方が良い。
- ピペットマン(各社)、(1000 μL)、200 μL、2 μL用
- セントリコンプラスまたはアミコンウルトラ(メルク社)
- ウルトラフリー;エッペンドルフチューブ型のフィルターろ過(メルク社)
- 結晶化プレート(HAMPTON RESEARCH 社など)、グリース付きの方が便利
例えば、VDX48 Plate, with sealant; HAMPTON RESEARCH 社。 - カバーガラス(HAMPTON RESEARCH 社など)、シリコナイズされているものの方が便利
例えば、Siliconized Cover Slides 12mm Thick Circles; HAMPTON RESEARCH 社。 - ピンセット(各社)、先が平らになっているもの
- エアダスター(各社)または、電動エアダスター(サンワサプライ社)
- 高濃度のポリエチレングリコールや硫酸アンモニウムなどを含む沈殿剤溶液(注1)(HAMPTON RESEARCH 社,メルク社など)
- 結晶化条件スクリーニングキット(注2):HAMPTON RESEARCH 社、Molecular Dimensions 社、Rigaku 社、Jena Bioscience 社など)
(注1)結晶化に用いる試薬は、出来るだけ純度の高いものにする。水は、ミリ Q(超純水)を用いる。また、スクリーニングキットに用いられている会社の試薬を用いると再現性良く結晶が得られることがある。
(注2)代表的な結晶化スクリーニングキットは以下のようなものがある。
- HAMPTON RESEARCH 社
- ホームページ:http://www.hamptonresearch.com/
- Crystal Screen 1、2
- Crystal Screen Lite(Crystal Screen 1 の沈殿剤濃度を1/2に希釈したもの)
- Crystal Screen Cryo(Crystal Screen 1 に抗凍結剤としてグリセロールを加えたキット)PEG/ION Screen 1、2
- NATRIX(核酸 or タンパク質核酸複合体タンパク質用、通常の水溶性タンパク質での使用も可)
- MEMBFAC(膜タンパク質用、通常の水溶性タンパク質での使用も可)
- INDEX
- SALT RX
- GRID Screen PEG6000、MPD、Ammonium Sulfate、NaCl、PEG/LiCl、Sodium Malonate Quick Screen
- Low Ionic Strength Screen など
- Molecular Dimensions 社
- ホームページ:http://www.moleculardimensions.com/
- Structure Screen 1、2
- Stura FootPrint Screens
- MemStart(膜タンパク質用)
- MemPlus
- MemMeso
- MemSys
- MemTrans
- MemAdvantage
- Memchannel
- 3D Structure Screen
- Clear Strategy Screen 1、2
- MacroSol(高分子複合体、糖タンパク質用)など
- Rigaku 社
- ホームページ:http://rigakureagents.com
- Wizard Screen 1、2、3、4
- Cryo 1、2
- Wizard PEG-ION Screen PEG1000、PEG4000、PEG8000、PEG10000
- JCSG Core Suite screen 1、2、3、4
- Wizard Precipitant Synergy 1、2
- Wizard Total Integral Membrane Protein Extraction(TIME)など
- Jena Bioscience 社
- ホームページ:http://www.jenabioscience.com/cms/en/1/aa043a
- JBScreen Classic
- JBScreen Basic JBScreen Membrane(膜タンパク質用)
- JBScreen Kinase(リン酸化酵素の結晶化条件を元に)
- JBscreen Phosphatase(脱リン酸化酵素の結晶化条件を元に)
- JBScreen PEG/Salt
- JBScreen Cryo
- JBScreen PACT
- JBScreen JCSG など
実験手順
- 1日目
- 1. 結晶化サンプルの調整
- 2. hanging-drop 蒸気拡散法での結晶化
- 2-1. 代表的なスクリーンキット
- 3. 結晶化プレートの観察
- 2日目以降
- 4. 結晶化プレートの観察
実験の詳細
1日目
1. 結晶化サンプルの調整
タンパク質の結晶化は、通常濃度が 10 ~ 50 mg/mL のタンパク質溶液を用いて行うことが多いので、サンプルをセントリコンプラスやアミコンウルトラなどで濃縮する必要がある。しかし、濃縮中に沈殿が生じた場合は、タンパク質濃度が低くても致し方ないので、15,000 rpm、4℃、10 min で遠心し、上清を結晶化用サンプルとして用いる(有機溶媒や界面活性剤などを数%加えると溶解度が上がる場合もある)。タンパク質によっては、膜に吸着して回収率が著しく低下することがあるので、その場合は、異なる材質の膜を用いると回収率が向上する場合もある。サンプルを溶かす緩衝液(サンプルバッファー)は、溶解度を上げるために 10 mM 程度の緩衝液に 100 mM NaCl を含む溶液を用いる。また、初めて結晶化を行うサンプルの場合には、
- タンパク質溶液を 10 mM Tris-HCl (pH 8.0)、100 mM NaCl 溶液に透析するか、精製の最終段階で、ゲルろ過クロマトグラフィーを行い(10 mM Tris-HCl (pH 8.0)、100 mM NaCl 溶液を用いて)、バッファーを置換する。
- セントリコンプラスやアミコンなどを用いて 10 mg/mL まで濃縮する。ゴミや沈殿を取り除くために、濃縮したサンプルをエッペンドルフチューブに入れ、15,000 rpm、4℃、10 min の遠心で得られた上清、またはメルク社のウルトラフリーを用いてフィルターろ過したものを用いる。
2. hanging-drop 蒸気拡散法での結晶化
2-1. 代表的なスクリーニングキット
- 1. に従って調製した 10 mg/mL 程度のサンプル溶液に対して、代表的なスクリーニングキット(Crystal Screen,Wizard Screen など)を1つ選び、hanging-drop または sitting-drop 蒸気拡散法で試しに約10条件を行う。
- すべての条件で白濁しているようであれば、サンプルの濃度が高い可能性があるので、1/2稀釈してもう一度行う。それでもすべての条件で白濁しているようであれば、更に1/2に希釈する。また、一週間経過して、ほとんどすべての条件でドロップに沈殿が生じないで、クリアな状態ならば、タンパク質の濃度が薄すぎる可能性があるので、2 ~ 3倍濃縮してからスクリーニングを行う必要がある。
- このようにして適切なタンパク質濃度が決定できたら、スクリーニングキットの中から5つのキットを試す(例えば、Crystal Screen 1, 2, Wizard Screen 1, 2 and PEG-ION Screen 1、2 など)。
- サンプルに余裕がある場合には、4、20℃の両方でスクリーニングする。
2-2. hanging-drop 蒸気拡散法
- 結晶化プレート(VDX48 Plate, with sealant; HAMPTON RESEARCH 社)のウエルにスクリーニングキットの溶液を 150 μL 入れる。
- エアーダスターを用いて、カバーガラス(Siliconized Cover Slides 12mm Thick Circles; HAMPTON RESEARCH 社)のほこりを飛ばす。
- 2 μL 用のピペットマンで 1 μL のタンパク質溶液を取り出し、カバーガラスの真ん中に吐き出す。
- リザーバー溶液から 1 μL 取り出し(チップを変える必要はない)、タンパク質溶液と混ぜ合わせるために、吸ったり吐いたりを2、3回繰り返す(泡を入れないように)。
- カバーガラスをリザーバー溶液に蓋をするように置き、軽く押して蓋をする(注3)。
(注3)カバーガラスで蓋をするときには、先の平らなピンセットかエッペンドルフチューブの底で押す。
3. 結晶化プレートの観察 (1)
結晶化直後、プレートを60倍程度の実体顕微鏡で観察する。沈殿剤の濃度やタンパク質の濃度が高すぎるとすぐに白濁するので、直後の観察で適切な沈殿剤、タンパク質濃度を見積もることができる。ほとんどすべての条件で沈殿になっていたら、タンパク質濃度が高すぎる可能性があるので、1/2希釈した濃度のサンプルで結晶化を行う。
2日目以降
4. 結晶化プレートの観察 (2)
1日、3日、1週間、2週間、1ヵ月後に、プレートを観察する。これは、何日目で微結晶が生じたかを知り、その後の結晶化条件の最適化に役立てるためである(結晶化条件の最適化が終了しており、構造解析のための結晶を作成している場合は、結晶を頻繁に観察せずに、静置しておく)。 1ヵ月経過しても、結晶が生じていない場合は、他のスクリーニングキットを使うか、次のような方法で結晶化条件を探す。また、結晶化に半年ぐらい必要な場合もあるので、プレートを捨てるときは、結晶が出来ていないことを確認してから処理するようにする。
工夫とコツ
タンパク質を保存するとき
タンパク質を保存するときには、エッペンドルフチューブなどに小分けして凍結保存し、結晶化に必要な分だけ溶かして使用する(サンプルの凍結・融解を繰り返すのは良くない)。タンパク質によっては、凍結すると結晶化しない(しにくくなる)場合があるので、結晶化条件が分かっている場合は、少量のサンプルを液体窒素で凍結してから融解し、それが結晶化することを確認してから、小分けして凍結するようにすると良い。
また、サンプルによっては、50%のグリセロールを加えて−30℃で保存するとより活性を保つことができるので、結晶化の際はセントリコンプラスやアミコンウルトラを用いて、グリセロールを除く必要がある。
サンプルに金属イオンが含まれているとき
結晶化サンプルにカルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの2価の金属イオンが含まれている場合には、硫酸イオン、リン酸イオン、クエン酸イオンを含む沈殿剤を用いると、不溶性の塩の結晶が頻繁に生じる。従って、金属イオンを除去したサンプルを用いることを勧めるが、金属イオンがタンパク質の安定化に不可欠な場合は、生じた結晶が塩の結晶である可能性を考えなければならない。
結晶化条件のスクリーニングについては他にも幾つか優れた文献が存在するので併せて参考にして頂きたい (1–7)。
文献
- 坂部知平監修、相原茂夫編集, タンパク質の結晶化, 京都大学学術出版会 (2005)
- Benvenuti, M. & Mangani, S., Nat. Protoc., 2, 1633–1651 (2007)
- Heras, B. & Martin, J. L., Acta Cryst., D61, 1173–1180 (2005)
- Newman, J., Acta Cryst., D62, 27–31 (2006)
- McRee, D. E., Practical Protein Crystallography, Academic Press (1999)
- McPherson, A., Preparation & Analysis of Protein Crystals, Krieger Publishing (1989)
- McPherson, A., Crystallization of Biological Macromolecules, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1999)